9章 Black rabbit-幕間
* * *
天上、高天原。男たちが集まり、協議していた。
「一体どうなっている!? 天上君主がお隠れになった今、御神達が次々と崩御されたと聞くぞ」
「我々は此度の件について、まだ記憶を保持している。中には〝虚〟に捕らえられた者らの存在を抹消された人間もおるらしい」
「あの黒い手によって死んだ者、結晶化された者の記憶を消すとは。仕組みを書き換える権能でも持つのか?」
「それより、あの女はどうした? 銀灰」
老人たちは、部屋の隅で黙座している若者に話を振る。
「意識と記憶に障害が見られるが、経過観察を続ける所存です」
年配者たちを見ずにそう答えると、どよめきと抗議が起きるが、その騒音を物ともせずに続ける。
「下手に刺激を与えれば、先のような異端降臨を招くかと」
その言葉で、彼らは押し黙る。若輩者に見えて、その風格には威圧感があるからだ。
反論できず話題を切り変えようとして、一人の初老は吠える。
「ッ――!! 黒兎なぞ島流しにしてしまえ!」
「島といっても、もう下界しかなかろう」
「新たに国を繕うとも、あのでかぶつ――デイダラ法師は先の災害で神核を汚染されとる。導入は危険じゃ」
「乙姫の御身体も優れぬと聞く。各地の浄化が間に合わないそうだ」
「将星殿は単身で残存勢力の鎮圧に向かわれたぞ!? あの方まで落ちては國の滅亡は避けられん! 疾く兵を集めよ!!」
「ええい!!
* * *
法衣を纏った男は地に膝をつけて、嵐が過ぎ去ったような光景を見つめる。
「どうして、私だけが生き残っている……?」
突如として天が引き裂かれ、異邦のモノが現れた。
(同胞も、弟子もみんな奪われた。数人は逃げおおせただろうか。だが、残った者たちは後から来た邪神の戯れにされてしまった。ただ一人の女弟子が息まいて後を追いかけて行ったが――)
見たこともない勢力に、その男はただ無力無様に呆けることしかできなかった。
「なあ、あんた。これなんか知れへん?」
可愛らしい声に男は顔を上げると、鮫のような眼光と牙をもつ少女が立っていた。
「それは、どこで……!?」
少女の手には透明に輝く球体のガラスが抱えられていた。
光を反射して七色に変わり、まるで様々な表情を見せているようだった。
それは巨大な岩を思わせる盤石さと、一度目を離すと消えてしまう泡沫の様な印象を与える。形容しがたいことに、それは反射をするごとに脈打っているようにも感じた。
天が裂けた時――海醒は陸から上がり、海中では採れない薬草を積んでいた。好んでやっているのではなく、八上姫からの罰であった。
悪戯を仕掛けた朝紀も悪いが、暴力でねじ伏せた海醒たちも看過できないと言われたのだ。
「ちっ、なんでウチがこないなこと……。てか、他ンやつら、ウチが最年少やからって全部押しつけやがって」
文句を言いながらかき集めていると、急に辺りの空気が張り詰め、体を起こして周囲を見渡す。
刹那――背後に悪寒が走り、天へと目を向け、その光景に息を呑んだ。
空から海上、そして陸へと侵略するおびただしい数の黒く長い帯状の影。
本能による生命の危機。気を抜けば、瞬く間に命を奪われる重圧感さえあった。
海醒は先ほどまでの目的を忘れ、海から一番遠い山脈まで無我夢中で逃げる。
苦手な陸上を走るにはまだ不安定で弱い神力。幼さを残す彼女には、世界を脅かすそれに立ち向かう術など無かった。
遠くで起こっているはずなのに、耳奥に生命の悲鳴が木霊する。
地獄――それよりも慈悲はなく、されるがままに神も人も生きるもの全てが蹂躙されていく光景は、もはや〝災害〟と呼ぶものだった。
やがて天の裂け目は閉じ、帯状の影は消えていた。海醒は八上姫の領地にある、人の出入りが多かった社に戻る。
ぼろぼろになった建物に目をやるが、そこは静寂さが残るだけだった。
ここにいた生物は逃げたのか、死んだのか、捕まったのか――恐らく、全てだろうと悟る。
そこから離れるとひたすら歩いて海を渡り、淡路へと辿り着いたのだった。
道中は凄惨なもので、生命を吸い取られた物体や、人を閉じ込めたように見える大きい結晶がごろごろと転がっていた。
瑞穂と呼ばれ田園を黄金に染める中つ国は、今や砂塵舞う荒廃した世界へと変貌していた。
淡路の中心部は何かに守られていたのか、綻びはあるものの建物が形を保っていたようだ。
「なんでかは知れへんけど、めちゃくちゃ惹きつけられて。せやけど、少し気味悪いねん」
「これは、話せは長いが――そうだな、君は希望を守ってくれたんだ。ありがとう!」
「んなッ!?」
男が縋るように抱きしめる。海醒は引きはがそうと試みるが、次第に嗚咽交じりに後悔を紡ぐそれに気圧されてしまい、込めた力を緩める。
「……ううぅっ、ありがとう……ありがとう。君は私にとって光だ。すまない、どうか無力な私を赦してくれ」
一夜にして世界がひっくり返ったこの状況で、少女は突き放すこともできず鼻で嗤う。
「なんやそれ……いい年したおにいが」
そして、自分より背丈のある男をあやし続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます