6章  Contrarian-後編


 zzz


 深夜。逢魔時。

 逆撫ゆかいは、深夜でなお賑わっている繁華街のビルの屋上に降り立つ。

 その光景を眺めていると、背後から声をかけられる。

「いやあ、あんたが来るとは思わんわ。誰の差し金や」

「海醒君か。さあ、誰だと思う?」

 そこには海鮫蛇顎が立っていた。

 質問の内容を質問によってひらりと躱す逆撫に、海醒は深い溜息を吐いてから愚痴をこぼす。

「……さっすが、神経逆撫でられるわこの女。言っとくが、この研究は極秘扱いや」

「知っているよ」

「ウチはウチで動くから、邪魔せんといて。ああ、外に情報が漏れるくらいなら全部ぶっ壊してええ言われとるから、逃げたかったら今のうちな」

「そう。ボクはその実……器用な真似はできないから、安心したまえ」

「なら、お互い自己責任っちゅうことでええな」

「そうらしいね。ボクも無理矢理にでも自分の務めを果たすつもりだから、巻き込まれないようにすることだね。〝還矢〟なんて受けたくはないだろう」

 逆撫ゆかいの由来――。本来あるべき歴史を模範し、継ぎ接ぎに模ったのが彼女。

 彼女だけではなく、海醒もまた同じくその謂われをもつ。

「……誤解せんといてほしいんやけど、〝ウチらは悪〟ではないからな」

「ハイハイ」

 少女の牽制に海醒は眉間を寄せて主張すると、そのまま闇に潜り姿をくらます。

 彼女の気配が完全に消えひとりになった逆撫は、カルミアと海醒のことを考える。

(他者を犠牲にして魂を得ることが〝悪ではない〟なんて、よく言うよ。人々の気持ちを無視して、殺して、研究のことしか考えてない。大儀を免罪符にして、非道を繰り返しているだけなのに)

(それでも、歴史のためにやらなければならない。大いなるもののために、弱者が搾取されるのはどうしても避けられない)


 しかし、この世界で出会った彼は――〝難浪夢夜〟は相も変わらず違っていた。

 彼なりに信念はあるものの、忘れられた者たちを思い遣る心があり、汲み取ろうとする意志があった。

 その〝かたち〟は違えど〝やさしいひと〟には変わらない様子に、逆撫は胸をなでおろす。

 務めのこともあるが、それよりも――危なっかしい彼を見て『あの日の二の舞になるのではないか?』と、気にかけてしまうのだった。

「〝愛〟なんてものがあるから、憎悪が生まれる――願いを叶えようとするから、その身を、魂を燃やす」

 逆撫は、彼のその優しさを利用し、付け入るモノたちを厭う。

「優しさなんてものは、いつだって身を滅ぼすトリガーなんだから」

少女の皮肉は、誰に対して言ったものかは分からない。

 己か、それとも人類に向けてか、はたまたこの世界を管理し暗躍する者たちか。

 きっと、すべてに対して嘆き憐れみ、出た言葉だろう。

 首に巻くトレードマークを靡かせながら、逆撫は踵を返した。


  


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