6章 Contrarian-中編
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逆撫と別れたあと。夢夜は途中だった用事を果たすべく、ショッピングセンター行のバス停に立つ。
三十分おきに無料バスが発車するのだが、時刻表を見ると行ったばかりらしく、彼以外は誰もいなかった。間の悪さに項垂れ足元を見ると、
「「あ」」
偶然か必然か、黒とピンクの毛をしたうさぎ――カルミアがいた。
「おま、どうしてこんなところに!?」
「お散歩してたら、マイスターが見知らぬ少女と一緒に居たのを見たので。気になって後をつけていましたが、なにを話してたんですか?」
「(!!――まずい、逆撫についてなんとか誤魔化さねぇと!)いやあ、た、拓哉の同級生で不登校気味の子なんだ。偶然会ってさ、ただの近況報告とか雑談だよ」
少しだけ怒りを含んで質問するカルミアだったが、夢夜は咄嗟の思い付きで躱した。
「ふ~~~ん?」
(カルミアのことだ、きっとあとで拓哉に確認する。帰ったら口裏合わせよう!)
うさぎ姿のつぶらな瞳でジト目をする彼女。居た堪れなくなった彼は、苦し紛れに口を開く。
「えーと……これから年末の買い出しなんだけど、一緒に行くか?」
夢夜は、バスの窓からすれ違う乗用車や大型車をぼんやり眺める。
カルミアから同行するとの返答をもらい、共に目的地まで移動する鉄の箱に揺られている最中なのだ。
彼は過去の思い出に耽ろうとした時だった。
「ねえマイスター」
「なんだよ。ここで話しかけんなよ」
カルミアの呼びかけに夢夜は声のトーンを落として返す。
乗客が少ないとはいえ、公共の場で、小動物を入れてはちきれそうなウェストポーチに向かって話しているのだ。
何故か霊体も人の姿になるのも拒まれてしまい、夢夜は仕方なく、その状態の彼女をバッグに収め一緒にバスに乗り込んだ。少し大きめのポーチが幸いした。彼の膝に抱えられた彼女は、顔を出しながら、
「なんか、ぼーっとしていたので。昔のことでも思い出そうとしていましたか?」
「……まーな。学校やめる前の記憶あんまり覚えていないから、どう過ごしていたか気になって」
逆撫が言っていた、他者との関わりにより絶望し憎悪を振りまく人間やゴーストたちがよぎる。
彼らを見て、『自身の過去はどうだったか、いじめでもあったか、他人を恨んで生きていたのか』と考え込む。
しかし、夢夜は覚えていない。都合の悪いことなのか、すっぽりと抜け落ちた感じでいた。
彼は『昔の自分はどんな奴で、周りにはどんな奴がいて、今のようにバスを利用して友人と他愛ない話をしながら通学でもしていたのか』、『両親はどんな人だったか、優しくて尊敬できたのか、怒りっぽくて虐待を受けていたのか、無関心な家庭で非行に走っていたのか』それすら思い出せないのだった。
(わからない。考えれば考えるほど、自分でなくなっていく気がするのはなぜだろう)
カルミアは、夢夜の表情からもの寂しげさを感じて、元気づけようとする。
「えーと! マイスターの過去はわからないですけど、貴方は優しい方で」
「……」
「引きこもり在宅勤務人間で、自分に自信がないヘタレで隠キャですが」
夢夜はカルミアの一言で、どきっと気持ちが高まるが、その期待は瞬時に地の底まで叩きつけられ、項垂れる。
「弱いのにお人好しで、しなくてもいいことをしようとして……私は好ましいと思いますよ」
「…………そうか」
カルミアの珍しく真剣な告白に、夢夜はどう答えたらいいか考えるが、彼女の顔を見ず出た言葉はそれだけだった。二人はそれを最後に無言になると、降りる停留所までバスに揺られるのだった。
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「へー、こんな所に来るなんて、マイスターって意外とおしゃれに気を使っているんですね? 百円均一とかで済ますのかとばかり思って……わあ! この櫛、瑪瑙じゃないですか、え、安ッ、粗悪品ですか!? こっちのヘアバンドも今はこんなデザインなんですね……ここ交差しているのはなんで? この金属の輪っか、伸びませんけどどうやって使うんですか?」
「なあ、やっぱ実体化しないでくれるか?」
「は? 嫌です」
目的地であるショッピングセンターに到着した二人。
夢夜はまず、切らしていたヘアゴムを買いに雑貨ショップに入ったのだが、遊びたいと言い張り実体化したカルミアに振り回されていた。小動物でいることを主張していたのが嘘のよう。
少しだけ時代遅れな表現と、一方的なマシンガントークに追いつけない夢夜は気恥ずかしさによりつい声をかける。
先ほどから忙しなく店内を見ており、目立つピンクの髪を揺らしながら動く姿は他の客から注目の的だった。ただでさえ、和装にサイバーパンク風ジャケットといったコスプレまがいの身なりで目を引くというのに、当の本人は気にしておらず、はしゃぎまわっていた。
「さっさと買って、さっさと帰るぞ」
「えー、もっとゆっくりしましょうよ。ほら! この髪留め名前わかんないけど、私に似合いません?」
「それは〝シュシュ〟といって、布とかキラキラしたもので装飾されたヘアゴムだ」
「へー、柔らかくてきらきらしてて可愛い……」
どうやらそれはカルミアにとって珍しいらしく、夢夜にとって見慣れたなシュシュに釘付になっていた。彼女が熱い視線を送っている先は黒を貴重としたシックな柄で、散らすように編み込まれているビジューによって煌めいていた。
(鑑賞する映画の傾向から、もっと個性的な派手なものが好きかと思ったけど、カルミアの趣味はわからないな……)
彼女のことは置いて、夢夜は自分に必要なものを探しに行く。
少し進んだところにお目当てのシンプルなヘアゴムを見つけ、陳列されてある在庫全てを買い物かごへと放り込んでいった。
「こんだけ買えば当分は必要ないだろ。カルミアは……まだあそこにいたのかよ」
彼はカゴの中身を確認すると、同行者を探して――、見つけた。やはりピンクの髪は目立つようだ。
「こっち終わったけど」
「へ? も、もう決まったんですか」
ディスプレイから微動だにしないカルミアに声をかけると、彼女は焦った様子だった。
「おー、決まった決まった。会計してくる」
「あ……わかりました。私お店の外で待っています」
夢夜が呆れたように言うと、カルミアは少し迷って名残惜しそうに店から出て行く。
「………これってそんなに欲しいのか?」
ひとりになった夢夜は呟くと、彼女が見つめていたそれを手にとっていた。
「あーあ、さっきの可愛かったな。私だって可愛い髪飾り欲しいな~~。必要なものと、欲しいものは全然違うし。いままで着飾る必要なんてなかったけども!」
カルミアは夢夜と別れてからというもの、通路の隅っこで愚痴を零していた。
〝必需品〟の希望は通るが、〝嗜好品〟や〝贅沢品〟について、彼の財布の紐はきつかったのだ。
「あう~~,でも計画終了までももうすぐなんだよなぁ。〝これ〟が終わったら……そんなの必要ないか」
(〝これ〟が終わったら、私はあの人に――)
カルミアは、ここに連れてきた者たちは信用していなかったが、唯一、心を許した人物がいたようだ。
気が遠くなるほどの長い時間、共に『これ』を繰り返してきた人。
それがようやく終わるとなると、気持ちが浮ついてしまう。
しかし、夢夜のことを考えて、カルミアはその薄情な考えを止める。
居心地のよさに気が緩んでしまっているが、彼の魂も回収の対象なのだ。
初めは、頃合いになれば回収して処分するつもりだったが、最近は騙していることについて心苦しさを覚えていた。拓哉とその幼馴染に関しても、あの廃遊園地で『夢夜が守ろうとした人間』という理由で後回しにしていたのだ。
(なんで、こんなふうに思うようになっちゃったんだろう)
偽りの世界。本来そこに存在する者たちと関わることなく、与えられた任務を遂行してきた。
(人間なんてちっぽけで、目的のために接する程度だったのに……別れたくない、いや、もっとそばに居たい?)
「そっか……知らない間に――」
カルミアはぼそっと呟くと、
「ごめん。待たせた」
「ま、待ってないよ!! 今来たところ!?」
突然背後から声をかけられ、彼女の思考回路はバグった。悪戯かと思った彼は眉間にしわを寄せる。
「………………おい」
「ホラ! れ、恋愛マンガのあれですよ、今どきっときませんでした!? 『今の笑顔かわいい! ときめいた!』とか!」
「(笑顔……? そもそも見えなかったが?)ああ、心臓に悪かった。止まるかと思った」
「心臓が止まるほどときめいたんですか!? カルミアちゃんは魅力的だから、仕方ないですねえ~。どんどんときめいてください!?」
「それだと、ときめくたびに死んでるんだが」
夢夜が会計を済ませてカルミアのところにやってくると、彼女はなにかを誤魔化すように話してきた。
『なんでこいつテンション高いんだ? なにか、やらかしてくるのではないか』と夢夜は警戒する。
「は~~、勝手に言ってろ。ほら、手出せ」
「おっ、ちょっと早めのお年玉ですか~? ゆきちサン何人かなぁ~~~」
茶化しながら差し出したカルミアの手には、可愛くラッピングされた子包が置かれた。
夢夜の殊勝な行動に、彼女は固まってしまう。彼女は、彼に言葉をかける前に察してしまったのだ。
別に期待をしていたわけではない。十ヶ月余り共に行動していると、少しずつだが、彼考えやの行動がなんとなく予測できる。一連の流れと、子包の中身の感触と、口元に手を添えて気恥ずかしそう目を逸らしているその仕草の理由を。
「…………………マイスターのくせに粋の良いことをしますね」
ゆっくりと間を置いて出たカルミアの予想外の感想に、夢夜は一気に頬が火照るのを感じていた。
「~~~~!! 人がせっかく日々のお礼にと贈った物を。いらないんだったら俺が使うから返せ!」
「マイスターが使ったところちょっと見たい気もしますが! これは、私がもらうのでダメです! 早速つけちゃいます!」
奪い取ろうと伸ばされた夢夜の手をするりと躱す。
笑いながらカルミアが小包を開けると、先ほど彼女が気に入ったシュシュが二つ入っていた。
タグまで外しているのを見ると、ご丁寧な事に夢夜が気を利かせたらしい。
彼女は二つに結ってあった自身のヘアゴムを外すと、腰上まである中紅花色の髪が広がる。
滅多に見れないその降ろした長髪姿に、夢夜は目を奪われた。
髪を梳くのが楽しいのか、これから身につけるのが嬉しいのか、カルミアは鼻歌まじりに新たに得た宝物で髪を結っていく。
夢夜はその表情を見て『少なくとも迷惑ではなかったな』と、胸を撫で下ろした。
「じゃっじゃーん! どうです? どうです!? 大人可愛いですか?」
「似合っているんじゃないデショウカ」
「は? なんで片言なんですか。なんでこっち見ないんですか、このドーテーは」
「いまその悪口は必要ないだろ!」
「……ふふっ。えっへへ~~、ありがとうございます。大切にしますね!」
結い終わり、感想を要求する彼女に対し、目を逸らしながら社交辞令な言葉を伝える夢夜。
それが無性に嬉しいと思ってしまい、照れを隠しつつ、皮肉交じりに気持ちを言い表して微笑むカルミア。彼女は、出現させたタブレットのインカメラを鏡代わりにして整えていると――
「……ピンクの髪に黒いシュシュが映えて、前のやつよりそっちの方が似合うし、俺は好きだが!?」
間を置いて、カルミアの耳に届いたのは、彼なりの最大級の褒め言葉だった。
何故か、語尾がキレ気味に聞こえるのだが、耳まで真っ赤にして口にした内容に偽りはないようだ。
「……私も、このプレゼントとても好きですよ」
憂うように、はにかみながら答える。それは、彼女の素直な気持ちだった。
口を開けば皮肉交じりのドッジボール会話が当たり前だった二人。
伝えあった本音に戸惑いを隠せず、二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「よ、よし! じゃあ本来の目的である買い出しに戻――」
「待ってください! ネットで話題になってたアクション映画あるんです。まだ時間ありますし、せっかくだし観に行きましょう!」
そう言うと、カルミアは夢夜の腕を掴んで引きずっていく。テンションが昂ってしまった彼女を、非力な彼が止められるはずがなかった。
『世界最大級のショッピングモール、爆発させちゃいます!』『命懸けの殺し合い。生き残るのは誰だ!?』『ラスト三分の沈黙』
「安っぽい馬鹿っぽい、ありきたりなキャッチフレーズ!」
カルミアに連れられて映画館に移動すると、上映中作品のポスターが目に止まり、夢夜はその捻りのない煽りにツッコミを入れる。
「今からこれ観るんですよ」
《一般大人二枚。ただいま1/2発券中――》
もの言いたげな表情で手続きを済ませる夢夜だった。入場時刻になり、中央後方の席に腰をおろす。
二人は昼食も兼ねて購入したホットドック、ドリンク、ポップコーンを食べはじめる。
「ポップコーンはともかく、待機中にフード食べちゃいますよね~。咀嚼音気になりますし」
「ほーだな」
夢夜は、どうにでもなれという面持ちでホットドックを頬張っていた。
二人分のチケットと飲食の代金を払ったため、金額分はしっかりと満喫しなければと決意する。
やがて宣伝が終わり、本編の物語がはじまる。
冒頭から早速、主人公が敵組織との銃撃シーンが響き渡り、夢夜は爆音に驚いてしまった。
内容は『世界最大級のショッピングモールに、殺し屋や暗殺者を集め、殺し合わせる』という、アクションとコメディをまぜたグランド・ホテル方式だった。
物語開始時、登場人物たちはお互いを知らない様子だったが、実は過去に会っていたり、依頼主が同じだったり、間接的に因縁があったようだ。
中盤に差しかかると、主人公が元恋人との過去を吹っ切れていないのか、痴話喧嘩まじりの銃撃戦をし始める。しかし、突然の濃厚キスシーンに夢夜は息が止まった。
(うわ~、脈絡があるのかこれ? 監督の趣味なのか。原作知らねーから人物の感情もわからん)
誰も見ていないと思いつつも、変顔を自覚している彼は片手で自身の口元をおさえる。
そのまま、隣にいる連れに視線を送る。
カルミアは顔を両手で覆い隠しており、視線は指の隙間からでもわかるほどにスクリーンに釘付けだった。
(なんだその反応は!? そんなキャラじゃないだろ! にやにや愉悦顔で煽っていくタイプだろ??)
夢夜の不審者を見るような視線に気付いたのか、カルミアは覆い隠していた手の隙間を閉じて、そのまま俯く。
暗くて確認できないが、彼女はどうやら恥じらっている様子だった。
「なんっ――!!」
思わず声に出そうだった言葉をなんとか飲み込むと、気になりつつも鑑賞に戻ることにした。
映画のラスト三分はというと。
まさかの、仮想世界でドンパチしていて、『生き残った主人公が現実世界で、選ばれた他の仲間たちとゾンビを駆逐していく』といった、続編ありきの終わり方だった。
「結局、俺たちの戦いはまだ続く的な打ち切り感! SF映画の煮凝りみたいな設定!」
「まあ、この監督は続編について異世界転生系も考えていたらしいですし、前衛的な感性の持ち主ですよね。そうなっていたら、チャレンジャーすぎて視聴者全員置き去りですよ」
「型破りなのか、流行に乗りたいのか、ワケわかんねーな……」
映画鑑賞後。興奮が収まらないカルミアに連行される夢夜。
二人はファッション、雑貨、本屋など見てまわると、ゲームセンターに立ち寄る。
「それ絶対金使わせるやつ。やめとけ」
「その言い方、経験者ですか? まあ、私にかかればちょちょいのちょい。ですよ~」
カルミアが狙った景品は大きなクッションだった。
一回のプレイ金額は二百円で、大きなアームで持ち上げて取り出し口に落とすタイプ。
この手のものは、アームの掴む力が数十回に一回だけ強くなるよう設定がされていることが多い。
しかし、そこまでいくのにつぎ込まなければならないし、十回も失敗すれば二千円の浪費だ。
この手のもので過去に痛い思いをした夢夜は、経験により財布の紐を強く結ぶが、
「マイスター、お金ちょうだい」
「え。俺が出すの?」
彼女からの可愛らしい要求に、開いた口が塞がらなかった。今しかがたの決意は、一瞬で散った。
「カルミアちゃん、そういう世俗的なの持ってないんですよ。ね、お願い!」
「はあ~~……」
夢夜は顔に手を当て、下を向く。色々と思うところはあるらしいが、〝お願い〟されてしまったため、渋い顔をしつつも財布から百円玉をいくつか渡す。
カルミアはもらったお金を投入して、操作する。アームの掴む力が弱いため、対象物を撫でるだけだったり、持ち上げてもすぐその下に落とすが、数回プレイを続けてやっと取り出し口まで寄せられた。
タイミングよく、アームの掴む強度も当たりを引いたようだった。
「よし! そのまま、そのままです!」
「マジか。思ったより早かったな」
都合の良い流れがきて、カルミアの期待が高まる。
隣で眺めている夢夜はというと、意外にも手数がかからず獲得できそうだと本音が零れていた。
二人が見守るなか、取り出し口付近で止まった時にアームが大きく揺れた。
そして、獲得寸前の景品は停止した振動ですっぽ抜けると、取り出し口から一番遠い奥の方へと放られてしまう。
「ハアッ!? ちょっと待ってありえない! ヘイ、スタッフ!」
予想外の結末に、カルミアは口を悪くして近くにいた店員を呼んだ。
事情を説明して、なんとかイージーモードで再開させてもらえるよう交渉するが、
「あ〜、これアシスト初期位置のみなんですよォ。ここにも注意書きあるんでェ、すいません〜」
筐体の正面ガラス部分。そこから、手元の操作ボタンから七十センチほどの高さに、注意書きが綴られた紙が貼られていた。不親切、意地が悪いのか――小学生低学年の身長に合わせたらしい高さ。
注視しなければ視界に入りづらい位置にあった。
「それなりに金つぎ込んでこの結果なんだ、諦めろ。俺はもう出さないからな」
「うう〜〜〜。はっ! 幽体化かうさぎになって、取り出し口から入れば良いのでは!?」
そう言う彼女は、黒とピンクのマーブル模様のうさぎに姿を変え、取り出し口に入ろうとして蓋を開けようとするが、――見かねた夢夜により、抱き抱えられて奇行を阻止された。
彼の腕のなかで、うさぎは手足をばたつかせて暴れる。
「それ犯罪だから。警察呼ばれるからやめろって」
「今、すごーく、傲慢な人間共の法が憎くてたまらないです……。は~~~~。ほんっと嫌い」
うさぎ姿のカルミアは鼻をひくつかせ、ジト目で悪態を吐く。
人間を馬鹿にする割には、その嫌いな種族の腕に収まっている矛盾を晒している。
それがおかしくて間抜けに見えてしまい、肩を震わせながら夢夜は吹き出した。
「ぶ、ふふふッ……、くッ……、お前でも、ムキになる事あるんだな」
「……せっかく来たんですから、一つ、二つくらい、残るモノがあってもいいじゃないですか」
「仮に手に入れたとしても、部屋の隅っこで放置してそう」
「しませんよ! そんなこと!」
夢夜は嘲笑し、カルミアは憤慨する。いつもの立場が逆転して、気分が良いらしい彼は言葉をかける。
「どうだろうな? ものが欲しいのか、一時の快感や幸福が欲しいのか。何に執着するかで変わるぞ」
そう問われた彼女は『ふむ?』と少しだけ考える。
カルミアは、今まで仕事の合間に、大なり小なり物に執着し、遊びに興じることはあったらしい。
だが、映画や動画鑑賞は知識や感動を得るツールにすぎないと思っているため、『幸福とはなんだろう?』と悩み始める。ただ、〝仕事〟の暇を埋めることしかしてこなかった彼女。
諭され、改めて考えると、心の奥底にある真の欲求は〝■■■〟だった。
しかし、そんなことを夢夜に伝えても困らせるだけだと思った彼女は、本人に問いかけてみる。
「……マイスターだったら、何が欲しいんですか?」
「物質はあの世に持っていけないし、ギャンブルは嵌ると破滅しそうだし、……思い出かな」
「思い出……思い出かあ」
カルミアは、非現実的かつ空想的に考える彼の言葉を繰り返し呟く。
「思い出だったら、魂だけになってもずっと消えない、と思う。だから、ゴーストも生前の記憶によって苦しめられて彷徨ってるんだろ?」
思い出。想いによって人間の人生は大きく左右されるのだと主張する。それを聴いたカルミアは、
「私は……――。私は、マイスターと一緒にオーロラが見たいです! 人工じゃなくて、天然の、本場北極やつですよ! 前にテレビで見かけたんです!」
不意に、突発的にその言葉を口にする。
暗闇にのなかに揺れ渦巻く極光。
ただの自然現象ではあるが、彼女にとってそれは『天へと還った魂の息吹きのよう――』だった。
そう信じて止まないカルミアは、食い気味に要求する。夢夜は目をぱちくりさせてから、
「えっ、北極……海外じゃねえか」
「遭遇率高いんですよ!? きらきら光るカーテン、みーたーいー!!」
子どものようにせがむカルミアに、彼はため息をつく。こうなっては、融通利かない彼女だった。
「じゃあ、ゴースト回収が終わってから、その打ち上げとして行こう。黒うさぎが伝える達成率だと、あと少しっぽいし。ああ、でも海外旅行だとめちゃくちゃ金かかるな。拓哉は夕暮さんとこにお願いするとして……」
ぶつぶつ計画を立てる彼に気付かれないように、カルミアはさっと左腕を後ろに隠した。
「〝ばいと〟頑張りますよ! 接客業はちょっと、アレですけど……事務とか情報処理得意なのです!」
「ははっ。さっきの映画みたいに、どこかに行って全身で感動したり、未知な体験したり……。お前と一緒だと、一人じゃ無理でも、なんでもできそうだと思えるよ」
「ッ――私も、一緒に……ずっと――」
カルミアは彼の屈託のない笑みに絆されたのか、らしからぬ様子で言葉を詰まらせていると、
「年末限定タイムセール!! 卵税込み七十八円、牛乳税込み百五八円! おひとり様一点限り。おせち料理の具材をお求めの方はこちら特設コーナーにて。まだまだ各種取り揃えております!」
「はッ!? そうだ、買い出し忘れてた!」
ショッピングセンター内にある、スーパーの販促の声にかき消されてしまった。
気付けばあっという間に夕刻。夢夜は本来の目的を思い出し、入口付近にある買い物かごを手に取る。
「……むぅ」
タイミングの悪さに、切り替えの良さに、その姿を目で追ってむすっと顔をふくらませるカルミア。
そんなことなど知らずに夢夜は空いたほうの手で彼女の手を引くと、
「カルミア手伝ってくれ! 牛乳と卵はなんとしても二パック欲しい! 無事にゲットできたら、栗きんとんの甘露煮が高級になるぞ!」
「!! まったく、貴方はしょうがないですね~。敏腕サポーターのカルミアちゃんにお任せください」
頼られ、嬉しい気持ちを抑えながら、彼女はいつものように得意げに応える。
例え想いは告げられなくとも、今だけはこの幸せを離さないように大事に握り返すのだった。
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