3章  破鏡不照-後日談


これはひとつの宗教組織が壊滅し、世間に取り上げられたあと――夢夜が拓哉から聞いた話。

約一か月前から、同学年に不注意や事故といった体で怪我をさせられていたこと。

不良に絡まれ暴力を振るわれそうな時に、宗教団体『真言紫鏡流・紫教会』を支援している津島隆生という男に助けられ、拠り所としていたこと。

そのときに、学校や家庭で溜め込んでいた愚痴をその人たちに話してしまったこと。

そして、あの日――紫鏡真弥から三枚の札を貰う。

津島からは札は使うなと言われていたが、勝手に発動する類だったため、あの騒動につながる。

以前から彼女は不思議な力を持ち、スピリチュアルの巧者と噂されていたらしい。

しかし、まさかそれが呪いと謀略による支配とは思わず、拓哉にとってトラウマになっていた。

因果応報か自業自得か、従弟は憂鬱な気持ちで夏休みを過ごすこととなる。


       zzz


 八月上旬。夜中零時。

「そういえば、伯奇に聞きましたが」

「えっ、お前あいつに会ったの!?」

ふと思いついたカルミアは、仕事中の彼に対して声をかける。

夢夜はワークチェアを軋ませて、すぐ隣でふわふわのラグマットに座っている彼女の方へ振り返る。ちなみに、このラグマットは必要経費だの福利厚生として彼女に買わされたもののようだ。

「夏祭りの日。私と別れた後、女性と仲良くデートしてたんですってね? 私が仕事に勤しんでいる時に、手伝うと言っておきながら不誠実極まりない。浮気ですか?」

 足を崩して座っている彼女から夢夜に向けて、あからさまに苛立ちを放っていた。

 獲物を狙う眼光、どこまでも問い詰めるような鋭い視線に、夢夜は緊張が走る。

 しかし、澄んだ空色の瞳に見つめられ、別の意味でも緊張していた。熱を持ち、どきどきと早鐘を打つ。

(あれ、これと似たようなやり取り前にも……)

 立場は違うが、少しだけ既視感を覚えていた夢夜は訂正を述べる。

「なんで浮気なんだ!? 結局あれは、宗教とか不良グループやらで襲われたんだぞ」

「理由はどうあれ、腕まで組んで、まんざらでもなかったと。楽しくお話していたようですし」

「あの質問攻めを歓談と呼べるかっ! てか、なんでさっきからそんなに不機嫌なんだ。俺、お前に何かしたか!?」

夢夜は、いつにも増して自由奔放なカルミアの態度に声を荒げる。

「っ……! 私だって知らない。胸に何かつっかえてずっとイライラする」

 憤りと心配で曇っていた彼の表情に、彼女は一瞬怯んで罰が悪そうに俯くと、聞こえるか分からない声で気持ちを吐露する。

 いつもは流せる話題も、気の晴れない悲しさと虚しさと苛立ちで、彼女は腹底から叫びたい衝動に戸惑う。カルミアがどう答えようか視線を泳がしていると、彼は何かひらめいた様子で口をひらく。

「はッ! せいり――」

 言い終わるより速く、カルミアは動画サイトで覚えたプロレス技の四つ葉固めを夢夜に食らわしていた。クラッチをすると彼は叫んでギブアップしたため、ぱっと解放する。

「おま、はあっ、げほっ……。暴力反対。逆エビ固めは抵抗できなくてマジで死ぬ」

「デリカシーって知ってます? 知らなかったら某大手検索エンジンで検索ですよ。まあ処すつもりでやりましたから。ピキる私の気持ちわかりましたか?」

「修羅場ってる、こふッ……俺の気持ちもわかってほしいけどな」

 未だ呼吸を整える夢夜を見て、彼女は流石にやりすぎたかと思い謝罪する。

「あ~、もう。すみませんね! でも、マイスターのこと……心配、した、んだと思います」

 それは、カルミアが久しく忘れていた感情だった。

「そのまま、その女の人と仲を深め、いずれ私を捨てていくんだろうと不安になって……」

「? なんでそこであの人の話題が出てくるんだ? 連絡先も知らねーのに。捨てていくも何も、乗りかかった船だし、お前の仕事が終わるまで付き合ってやるつもりだよ」

(そう、優しい貴方ならそう言う。でも、そういう意味ではなくて――)

 求めている言葉でなく、勝手に期待して自惚れた彼女は恥かしさにより目を伏せる。

「それに、こんなに長く話せる異性はお前だけしかいないよ。心配してくれてありがとう」

 夢夜は自嘲気味に続けて、落ち込んでいる彼女の頭を優しく撫でる。

 微かに伝わる温もりに心地良さを覚え、目を細める。それだけで顔が綻ぶ。

 抵抗しないカルミアが気になり、夢夜がのぞき込もうと思った瞬間――彼女は立ち上がってそれを阻む。

「もう寝ますので、おやすみなさい」

「おおう……そっか。おやすみ」

 カルミアは幽体になり、逃げるように床を通過して一階の幅広いソファに横になると、クッションを抱き込んで愚痴ををつぶやく。

「私の知らないところで、知らない女に絆されて、それで危機に陥って本当にばかじゃないですか。弱いくせにヒーローなんか気取って」

 確かに、誘い文句として『ヒーローになってみないか』とは言った。

 約四ヶ月の間に、彼に心境の変化や人間としての成長はあったかもしれない。それは仲間として褒めるべきところだ。

 しかし、現状を踏まえると、カルミアは夢夜を利用しているだけにすぎない。

 それでも、『彼に執着する理由とは何なのだろうか?』と考えても答えは出ないのだ。

(彼の見た目は、顔は、以前どこかで見たことがある気がするのに、どうしても思い出せない)

 知っているはずなのに、脳裏に焼きついたはずの記憶は闇に紛れて輪郭を失っていくようだった。

「そもそも、この仕事は誰の為にやってた……?」

 カルミアは心の声が漏れていたらしく、静かな部屋に問だけが響いた。

『事』の始まり。動機。理由。

 誰かから手伝えと押し付けられたか、それとも自ら志願したのか、素質を認められて勧められたのか。

 それは、どれもニュアンスが異なっている。

「上司だった人の顔は……、――っ!?」

 思い出そうとして、頭に痛みが走る。その記憶に触れることを良しとせず、自分ではない何かに阻まれているようで身を強張らせた。

 とっさに、確認でもするかのように自身がマイスターと呼ぶ者の温もりを確かめる。

 先ほど触れられた頭に手を置いて、心を落ち着かせようとして深呼吸する。

 それでも、一つの苛立ちから発生した悩みの種はいつの間にか大きくなってしまい、喉につっかえた原因不明の不快感に、カルミアは数日うなされる羽目になった。

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