2章 四面楚歌-後日談
zzz
これはいつかの過去の記録であり、夕暮凛々子が忘れたくて記憶の隅に追いやった苦い思い出。
七年ほど前に、相沢家と夕暮家が家族ぐるみで遊園地に遊びに行った過去の話。
そこには諸事情で相沢家に居候している、従兄である難浪夢夜もいた。
話には聞いていたが、第一印象は冷静で寡黙。自身の意見ははっきり言うが、多数決で決まれば文句を言わず後ろから静かに着いてくるタイプ。
議論に意見や主張はするが、話が纏まればそれに従う姿勢が見られた。
しかし、その印象はこのあとの事件により覆ることになる。
大人と、凛々子筆頭にし子どもの二グループに別れてアトラクションを並んでいたときの出来事。
たった数分、凛々子がSNSに注視し目を離した瞬間に、すぐ後ろで並んでいたはずの拓哉と未とはぐれてしまったのだ。
手にしていたスマートフォンに、妹宛てにメッセージや電話をかけても反応がなく、親と合流してすぐに不注意を叱咤される。だが、それは夢夜の提案により中断された。
「凛々子さんたちは迷子センターに行って呼び出ししてもらってください。待機時間が長くて飽きて、他の場所へ行ったのでしょう。自分は施設の外を見てきます」
その言葉で大人をも押し黙らせて、淡々と、不気味なほど落ち着いていた夢夜。
迷子センターに親を残し、体力に自信がある凛々子は二人を探して園内を走りまわる。
待ってはいられない、何かしていないと発狂してしまう焦燥感に駆られていた。今後一生、実妹と離れ離れになるのは堪えられない気持ちでいっぱいだった。
だが、日付が変わる頃に、二人は見つかった。
後から聞いた話では、誘拐だと分かったのは警察の調べによるもの。
しかし、犯行に及んだとされる大人三人組のグループは、攫った少年少女を残して全員絶命していた。
外傷はなく、死因は不明。
死亡の際に使われた道具はなく、詳細は不明。
謎に包まれた誘拐事件は、地元新聞に小さく載って幕を閉じたのだ。
事件が落ち着いた頃、凛々子は夢夜に『なぜあの時、施設の外に行くなんて言ったのか?』と投げかける。彼は彼女の問いに、ゆっくりと答えを告げる。
「あの子たちを、探しに行っただけですよ」
その眼光は冷徹に、冷酷に、容赦なく悪を屠ってきたのだと物語っているようだった。
彼女は、『最初から気付いていたのか、連れ去るところを見たのか』等と声を張り上げそうになった。
しかし、一言余計なことをいえば、首を切り落とされそうだと幻覚を見る。
人の形をしているのに、この世のモノではない。それほどまでに、異質で異端な雰囲気を纏っていたのだ。
そんな昔の事をぼんやりと思い出しながら、数年前と雰囲気が全く異なる夢夜を見る。
「すすすみません、なんか失礼なこと……。でも、しましたか……?」
相沢家、玄関先。
嫌悪を向ける対象先は、玄関のドアを開けたまま来客対応をしていた。
先日、実妹が肝試しと称して向かった先――廃墟になった遊園地での出来事を聞いた凛々子。
偶然にも、七年前に行った場所と同じ遊園地だったので、記憶を引っ張り出されてしまったのだ。
あの後、子どもが行方不明になる事件が度々起き、元々の経営困難もあわさって潰れた遊園施設。 凛々子は、不吉が不吉を呼び寄せる悪循環でもできたのだろうと思考に耽っていると、声をかけられる。
「え、あっと。拓哉、起こしてきましょうか?」
こちらの顔色を伺い、どもり戸惑う姿に、あの日怖気付いた自身を恥じ入る。
不審の塊でできた男。何故か怪我をしている人物は横に置くことにし、彼女は気持ちを切り替える。
今夜の目的はお礼。――妹の片思いの少年には、姉として良い印象を与えておきたいらしい。
仕事終わりで遅い時間ではあるが、礼をしに来たのである。精一杯の作り笑いをすると、
「いやいや~、わざわざ起こさなくて大丈夫です。遅い時間にすみませんね。先日はうちの可愛い未がお世話になったみたいで、ありがとうございました。お礼でマドレーヌ焼いてきたのでどうぞ。あ、夢夜さんは舌が肥えていると聞いたのでこちらです~~」
ハイトーンで捲し立てて、菓子の入った手提げ袋を差し出す凛々子。
それに続き、夢夜は軽くラッピングされた色違いの包装を手渡しされた。
『舌が肥えているつもりはないが……』と思いつつも、彼は素直に礼を言って受け取る。
「では、今後ともよろしくお願いいたします。おやすみなさい~」
そう言い残して、颯爽と彼女は自身の家に戻っていった。
「で、いただいた激辛マドレーヌでお腹壊したと。マイスター律儀じゃありません? いや、意地が悪という感じですね」
翌日になって、凛々子からもらった手作り菓子を食した夢夜。
それは一口で、口内全体を痛みという刺激で麻痺させる劇物だった。
赤っぽい色からして、苺や人参の着色料でも入っているのだと思い込んだ彼は、数分前の自身を後悔した。
朝食と一緒にマドレーヌを食べた拓哉の様子からして、それなりに美味しいのだろうと期待していたらしい夢夜。彼は葛藤に苦しむほど、その頂き物を重要視する。
食べるのをやめようとしたが、『世辞を無碍にできない、貰ったものを捨てられない』という、甘っちょろい理由でなんとか完食した結果がこれである。
自業自得なのだが、夢夜はいつにも増して無様な醜態を晒していた。
「ううっ……腹が、きりきり、する。喉、い、たい」
ベッドで横になり、掠れた声で途切れ途切れに言葉を発する彼に、カルミアは質問を投げかける。
「殺意なのか、悪意なのか……未の姉君に何かしたんじゃないですか?」
夢夜は一瞬、彼女の口からは出なさそうな単語に引っ掛かりを覚えるが、鈍痛が襲い悶絶する。
「……して、ない」
「そうですか。まあ、マイスターの弱っている姿は見てて面白いのでラッキーです。治るまで看病してあげますね」
カシャシャシャシャシャシャ――
看病と言いつつ、すぐさまタブレットに搭載されたカメラのシャッター音が鳴り響く。
(連写!? 絶対に看病する奴の態度じゃねえ。てか撮ってどうすんだよ!)
しかし、今の彼に彼女を制止する力も術もなく、弱音という捨て台詞を吐くことしかできない。
「お前、後で、おぼえ、てろ」
「はいはい、後で一緒に撮った写真見ましょうね~」
終始楽しそうにするカルミアに背を向けて、少年は夢の世界に沈んでいった。
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