2章 四面楚歌-前編
六月。現在、時刻は昼の十三時を指している
難浪夢夜とカルミアが初めて会った日から、二ヶ月が経った。
在宅ワークを生業とする難浪夢夜は、『ゴーストと呼ばれる魂の回収』という仕事の手伝をしていた。
事の発端は、作業中に椅子から落ちて怪我をした彼が、病院帰りに怪我をしているうさぎを拾ったことによる。なんとも可笑しな状況なのだが、双方怪我をしている身で出会ったのだ。
その負傷したうさぎを介抱をすると、実は人型にもなれる特殊な存在だと自己紹介をされてしまう。
ひと悶着あったが、主従と呼ばれるかたちで無理やり雇用契約を結び、今に至る。
お互い数週間で怪我は治ったものの、拠点としてこの家に居候を決め込んだカルミアを無理やり追い出す鬼畜さは持ち合わせておらず、ずるずる関係が続いているのだ。
夢夜は、彼女の手によって特殊なアプリを入れられた自身のスマートフォンをのぞき込む。
この端末を通してゴーストを撮影すると、回収ができるという。仕組みや理屈ははぐらかされてしまったのだが、実際にできてしまうので事実なのだろう。
やる事は簡単だとはいえ、ゴースト達は生前の恨み妬み無念を、生きている人間に向けて悪意を放つのだ。負の感情が強い相手は、その身を以て嫌でも恐怖することになる。
日々、追いかけっこに勤しんでいたおかげか、少しずつだが体力がついて喜ばしい反面、疲労から寝込むこともあり、カルミアと彼の従弟である相沢拓哉が看病をするといった記憶も新しい。
といっても、看病スキルの無い二人はレトルト粥や飲んで栄養補給するゼリーを出すくらいだ。
今まで引きこもって平凡に生活していた貧弱な夢夜にとっては、急に時間が動き出したかのように感じていた。それだけ時が経つのが早いのだ。
拓哉にはカルミアの手伝いの内容は伏せて説明したが、それでも満身創痍で帰宅する夢夜を不審な目で見ており、依然関係性は変わらない。
呆れられたのか友人と遊びに出かけているのかは分からないが、ここ数日は帰宅時間が遅くなっていることを気にかける夢夜。
不安に思いつつも、急ぐ必要がないため家事やスケジュールに余裕ができてほっとしている。
午前中に家事を終わらせカルミアと昼食をとり、今は自室のベッドで横になり一息ついているのだ。
幽霊のような、あるいはファンタジーじみた特殊な存在とはいえ、最初のころは、同年代かつ異性であるカルミアと共に生活することに緊張感を覚えていた。
しかし、会話を含めた第一印象が悪く、好感度マイナスから始まった間柄で、口を開けば皮肉交じりのドッジボールを繰り広げていたため、慣れるまでそう時間はかからなかった。
幽体、人型、うさぎに変化する異質さに比べると、一々恥ずかしがったり怖がったりするのがあほくさく思ってしまったのが彼の本音である。
共に過ごして今に至るのだが、 ゴースト回収は順調に進んでいるようで、スマートフォンの画面に常駐する黒うさぎは《現在三〇パーセントです。もっと頑張りましょう》と知らせてくる。
(そういえば、この鳥居ってどんな意味があるんだ?)
今まで忙しくて構う余裕がなかった夢夜は、初めて関心をもったそれをタップした瞬間、バチッと電撃とも呼べる弾けた痛みが指に伝わった。
「っつ!?」
びりびりした感覚に不安を覚えつつ画面を見つめる。
画面越しに滞在する黒うさぎは、持ち主に起きた現象に気付いていない様子だった。
「マイスター! オカルト系まとめサイトに面白そうな記事がありますよ!」
突然、大声で呼ばれた夢夜は、素直に呼びかけに応じてモニターを覗き込むと、彼女は複数あるモニターのひとつ、該当する記事の内容を簡単に読み上げていく。
「最近、この街の郊外にある遊園地の廃墟で、真っ黒な幽霊を数体目撃したという情報です」
表示された画像に写るそれは劣化や損傷が激しくゴーストタウンのようになっていたが、既視感のある建物が視界に入り、彼は考え込む。
(このアトラクション、迷子センター……入退場ゲート)
夢夜は『どれも前に見たことがある……?』と疑問を抱くが、いつそれを記憶したのか覚えておらず首を傾げる。
「どうかしました?」
「ああ、いや。廃墟にいる真っ黒な幽霊って、人魂じゃないやつか……?」
心配するカルミアの声で彼は思考から引き戻された。
今まで球体を模した人魂型や、二足歩行だったり四足歩行だったり様々なゴーストに出会ってきた。夢夜が今回危惧するのは、人魂から進化した霊――亜種。イレギュラーな存在だった。
他にもまだ種類はあるらしいが、まだ特徴的なゴーストとは出会っていない。
お目にかかりたくない夢夜は心の中で『一生会いませんように!』と祈っていた。
種類はどうあれ、霊的存在を認識できない人間に手を出し、悪意や憎悪をまき散らし増殖していくのだ。
「そうですね。この遊園地、開発都市計画に伴い取り壊される予定だったらしいのですが、不可解な事が多発して作業中止になったようです」
「不可解なこと?」
「今現在は、人間に忘れ去られた建物となっていますが……写真見る限り結構溜まっていますねー。あと、首……もとい頭を持って行かれるらしいですよ~。ほら、これです」
恐怖を煽るカルミアに促されてしまい、グロテスクな画像を想像してしまった彼は恐る恐るモニターを見る。個人情報保護なのか目元を黒いバーで隠しているものの、画像には『心霊スポットにきちゃいました~』のテキストを載せた自撮り報告する若者の姿。
背後には首のない体が数体しっかりと映り込んおり、夢夜は白目になる。
「頭を持って行かれるって、普通に怖いんだが!?」
「ご丁寧に死体と幽霊両方、いくつかアップロードしてくださっているみたいです! なんなら写真見ますか? 予行練習で!」
「そんな予行練習はお断りだ! てか、なんでそんなにテンション高いの?」
意気揚々に茶化してくるカルミアに対し、夢夜は間髪入れずにツッコミを入れる。
「ほらほら、早く行きましょうよ。夜になってからだと、マイスターくそ怖がって仕事にならないでしょう?」
「今、すごい屈辱的なセリフが聞こえたんだけど。空耳を潰したかな?」
「事実ですし。なんなら文字通りその耳潰しましょうか?」
「行きます。行かせてください」
彼女が笑顔で耳を突きながら脅迫すると、夢夜は観念する。
着替えのため、夢夜が部屋着のパーカーを脱ぐと、細い線におさめられた肌が露わになる。
仕事の手伝いの勲章。はたまた負傷を現わしているのか、切り傷や青あざが見られた。
カルミアはそれをじっと見つめる。
(この貧弱男、すぐに弱音を吐くかと思ったけど、私の怪我が治っても手伝いを続けているし一体何なのかしら……)
(いや、盛ったわ。『しんどい、つらい、帰りたい』は言うけど、『辞めたい』とは一言も言っていないのよね)
夢夜はクローゼットから出した黒無地のTシャツに袖を通そうとし、彼女の視線に気づく。
「カルミア、あんま見ないでほしいんだけど」
少女にそう制止を入れた少年は、どこまでも決まらないのであった。
「女々しすぎます。貴方は女子ですか」
彼女の言葉に辟易しつつ外着に着替え、玄関に向かいドアノブに手をかける。
「拓哉が帰ってくる前になんとかしないとな――」
鍵を閉めた後、足早に目的地に向かった。
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