1章 ドリームヒーロー-後編

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 夕方になると、玄関のドアを開閉する音がしたので夢夜が出迎えると、そこには学ランを着たひとりの黒髪短髪の少年がいた。

 成長を見越して大きめの制服を注文したが、まだ余裕のある袖口と裾を見ると、幼さを残している。

「おかえり」

「……ただいま」

 従兄の言葉にワンテンポ遅れてから、家主の息子である相沢拓哉は玄関でぶっきらぼうに答える。

中身の入ったスーパーの袋を廊下の床に置き、自然な仕草で靴を脱ぎ散らかす。夢夜の横をすっと通って、二階にある自室に行くために階段を上がろうとするが、

「今日のごはん、鶏の唐揚げがいい」

スーパーの袋を指さして、彼は夢夜に言い放つ。

 おそらく、それには食べたい料理の材料が入っているのだろう。そして、『作れ』と要求していた。

 拓哉は夢夜の返事を待たず、静かに階段を上っていき、ばたんと音を立てて二階にある彼の自室ドアが閉まった。

「やれやれ」

「なんですかさっきの少年は。感じ悪い。怒らなくていいんですか」

 カルミアは彼が上っていった先を見つめる。夢夜はというと、玄関のカギを閉め、従弟が脱ぎ散らかした靴を揃えてから食材の入った袋を拾う。

「居候してる身だからな……文句は言えないし、別に苦でもないからな」

「マイスター、自宅警備というより家政婦ですねえ」

「何言ってんだ? お前」

 茶化すカルミアと共にキッチンに行くと、ガラスの引き戸を閉める。

「マイスター~。このガラスってなんの為にあるんですか?」

「リビングの方に油使った臭いを防止させる為とか言ってたな。最初は無かったけど後から取り付けたらしい」

 夢夜は彼女の問いに答えつつ、冷蔵庫から取り出した材料と拓哉が買ってきた材料をシンクに並べ、道具を揃える。そして、隣で浮いているカルミアをじいと見つめると、

「お前の分は……要らないよな」

 ぼそりと呟くが、彼女の耳にはしっかり届いてたらしい。衝撃を受けた表情をして、

「!! 何言ってるんですか、要りますよ!  マイスターは部下のごはんも用意できないほど畜生無能上司なのですかっ!? ブラック企業かなにかですか!? 福利厚生が充実してないなんて!」

「お前どうやって飯食うんだよ。実体化できねえんだろ。例えうさぎの状態で唐揚げを食べようとしても、絵面がやばい。無理」

 うさぎが鶏を捕食するイメージを浮かべてしまった夢夜は、少女の食い意地のはった要求を拒否した。

 正論。正論なのだが――カルミアはその反撃に驚き、どう答えようかと目を泳がせる。

 クッキーの味をしめたカルミアは、夢夜の作るおかずにも興味を持っていたのだ。

「…………………ほら、仏壇にお供えみたいな……? 気持ちですよ。気持ち」

「……お前の気持ちは満たしても、胃袋は満たせないと思うけどな〜」

「マイスターの人でなし~~~~~~~!」

 わんわんぎゃんぎゃんと嘘泣きをするカルミアを放置して、夕飯づくりを始める。

 ひと騒ぎした後。キッチンの隅でしょぼくれた姿を見せつけられ、どうしても居たたまれなくなる。

「……拓哉も育ち盛りだし、多めに作るか」

 夢夜は三人分の料理を作ることにした。


       zzz


 キッチンの隅にいるカルミアに作業を見つめられながら調理を終わらせ、リビングにある四人がけのテーブルに料理を並べていると、タイミングよく拓哉が二階から降りてくる。

 拓哉は二人分の箸と水の入ったコップを用意し、テーブルに置いてから席に着いた。

 テーブルの上には暖かい白飯と、食べやすいように玉葱や人参を角切りにしたコンソメスープ。ほかほかと湯気を出して、口に含めば身体が温まりそうである。トマトとレタスのサラダは、赤や緑とコントラストが強く新鮮さを醸し出しており、食卓の上を鮮やかに彩っていた。

 きのこのバター炒めは軽く炒めて、味を薄めにすることにより食材のうまみを残している。

メインのおかずは鶏の唐揚げで、衣の部分はかりかり、中の肉はじゅわあと肉汁が広がっていくような想像ができてしまう出来栄えだった。二人は椅子に座って手を合わせると、

「「いただきます」」

 拓哉は真っ先に唐揚げに箸を伸ばすと、一口かじり、もぐもぐと咀嚼する。

「……うん。 いいんじゃないかな」

 彼はおかずをのみ込んでから、感想を告げる。美食家か姑を相手にしている緊張感を持っていた夢夜は、ほっと胸をなでおろした。

 彼も唐揚げを小皿に取ろうとすると、上――ではなく真横からの視線が痛い。痛いというより、猛烈な察しろアピールを受けているようだった。その視線を、無視をするのも可哀想だと思った夢夜は、ちらりと静かに真横に目をやる。そして、

「うッわ!?」

「……?」

 突然の声に、拓哉は不思議そうな顔で夢夜を見た。驚くのも無理もない。夢夜の隣には、涎を垂らしながら唐揚げを穴が開くほど見つめているカルミアがいたのだ。

 その姿はお預けをくらっている犬のように、羨望と期待感で満ちていた。美人半分、可愛さ半分の印象はどこへやら。品性を忘れたうさぎは、残念な方向へ向かっていく。

 そして、どん引いている彼の隙を突いて、皿の上にある唐揚げを奪うカルミア。

「唐揚げもーらいっ! 」

「あっ!!」

「うーん!! なにこれメチャクチャ美味いじゃないですか~~!」

 何故だろうか。急にエネルギーが増加したのかどうかは判らなかったが、カルミアがほぼ実体化していた。

 可視できる状態に。ものに触れることができる状態に。

「……」

 夢夜は横目で拓哉の方を見ると、無表情でぽかんと口を開けてこちらを見ていた。

 どうしたらそんな表情ができるのか不思議だ。漫画でもあるまいし。

 彼はそんな事を考えていると、拓哉は呆れた様子で冷静に席を立ち、近くの受話器を持つと――

「警察ですか?  知らない男女が不法侵入しているので来てくれませんか?」

「あ〜それ俺もやった。って、もしかしてそれ俺も含んでないか拓哉!?」

 その行動を見て、自身も追い出されそうなっている夢夜は慌てふためく。

「じゃあ、どういうことか説明してよ」

 夢夜は素直に、一から説明し始める。

 怪我人である彼女をこの家に置いて、仕事を手伝う事や、危険はない筈だからと説明する。

「うん、だいたいわかった」

「わかってくれて――」

「あんた、寝言は寝て言えよ。ゲームのやりすぎじゃないの?」

「はっ!?」

「マイスター信用されてないですね。かわいそう」

 説明が終わると、拓哉は静かに溜息混じりに毒吐き、カルミアは憐れむ構図ができていた。

 夢夜は二人の追い討ちを受けて屈するところであったが、少しのプライドでなんとか持ちこたえる。

「拓哉。事後報告で悪いけれど、その……」

 彼は『はあ』と、二度目の深いため息をつくと、

「別に好きにすれば。俺はあんたに干渉つもりないし。今までどおり家事やってくれればそれでいいし」

「……助かる! 拓哉ありがとう!」

 夢夜は慈悲を乞うような姿で拓哉に感謝を述べる。情けない格好だ。

「マイスターかっこ悪いです」

「えーと、カルミアさんだっけ? この家に迷惑かけなければ好きにしていいけど、警察に厄介になるのは面倒だからやめてね」

「はーい! わっかりました! 泊めてくれてありがとうございますー」

 営業スマイルが様になっているカルミアは、声高らかに感謝を伝える。

「じゃあ、そうと決まれば。あんた、カルミアさんに飯」

「えっ」

「え、じゃないよ。一人だけ、しかも怪我人の女の子がご飯なしとか可哀想だと思わないの?」

 夢夜は『納得いかない……』と思いつつも、あらかじめ多めに作っておいてよかったと安堵する。

フラグ。もとい、このような展開になると予想していたのだろう。

「マイスター ありがとうございます!」

 にこにこと微笑むカルミア。追い討ちと期待のコンボだった。

 夢夜はキッチンに行き料理を温め直して三人目のご飯を盛って戻ってくると、自分の席の隣に並べる。

「いっただきまーす!」

 カルミアは待ちに待ったという様子で席に着くと、嬉しそうに食べ始めて、夢夜の作る食事に対して賞賛を述べるのだった。


 深夜――人々が寝静まった世界。カルミアは浮遊しつつ窓の外を眺める。

 食後の後、夢夜達とテレビを観たり談笑をして時間を過ごした。

 拓哉が風呂に入っている間に、カルミアはリビングで服を脱ぐと濡らしたタオルで身体を拭く。

 傷口を消毒をして、ガーゼを貼る。包帯を取り換える作業を夢夜に頼もうと声をかけると、

「いや……そういうのって恥じらいとかないのか? というか、自分でできるだろ?」

「ここにいるのはマイスターと私だけですし、別になんとも……? それと、医療行為に恥も何もないと思うのですが」

 挙動不審になっていた夢夜は顔を手で隠しながら、カルミアの手伝いを断った。

 彼女は『どんだけ免疫がない童貞なんだろう、それともこいつは女子なのか』と冷ややかな視線を送る。

 カルミア包帯を手に取り、自身の腹部にまいていく。しかし、背中に回す度に撓んでしまい、上手く巻けずにいると、見兼ねた夢夜が手伝う。なんだかんだ言って、彼が優しいのは変わりない。

 カルミアはその優しさを受けとめられる事が嬉しい、と錯覚する。

 人との交流は面倒であった筈なのに、それでもなぜか、この少年の隣は居心地がいいと感じていた。

(しかし―――本当に、何故? この男は知らないはずなのに、その顔はどこかで見たことがある)

 カルミアが深く考え込んでいると、不意に肩を軽くたたかれた。

「巻き終わったけど、どうした? 痛むのか?」

「いえ……大丈夫です。ありがとうございます!」

 彼女が愛想よく礼を返すと、夢夜は『よかった』と安心した様子だった。その表情に、ずきりと心が痛み、違和感が渦巻く。


 そして今に至るのだが、先ほどのもやもやとした飲み下せない何かのせいで、カルミアは寝つけないでいる。仕方なく、暇を潰すために、与えられたスペース――というより自ら希望した一階リビングをふわりふわり徘徊に興じてみる。

 相沢家の一階はワンフロアの作りではあるが、家具や装飾のテイストによって、ダイニングとリビングに分けられていた。

 ダイニングは木目調を生かした家具でナチュラルなトーンにまとめられている。

 リビングにはシックなラグを敷き、低めの黒いテーブルと大きめのテレビが置かれていた。大きいテレビの画面に興味津々なカルミアは、『ここがいい!』と宣言したのだ。

 黒と白の落ち着いた配色が気に入ったのだろうか、そこは夜間だけ彼女に占拠されるのである。

 寛ぎながらテレビを観るために置かれたハイバックソファが彼女の視界に入る。これは背もたれを倒すことができて寝る事もできる仕様だった。

 徘徊をやめてソファに腰をおろすと、布から感じる温かい包容力のあるクッションに身体を支えられ、気が緩んだカルミア。

 ソファの機能を堪能した後、リモコンでテレビの電源を入れ、音量を小さくしつつ適当にまわした映画を鑑賞しはじめる。

 映画のなかの人物は、配役通りに、台本通りに終幕を辿っていく。

 だが、彼女にとってそれら全てが偽物だと、感情が伴っていない紛いモノなのだと気づいていた。

 それでも、その紛いモノ達がどう幕を引くのか気になるため、ぼんやり眺める。

 少しして、話を理解しよう気持ちはあったものの、物語の途中からだった事と前作ありきの内容に追いつけず、飽きてしまい観るのを放棄した。

 背もたれを倒して、ソファはそこそこ広いベッドに変わる。

 テレビに背を向けて横になると、自身のタブレットを何もない空間から出現させて、操作しようとした――が、画面に映る、黒うさぎが警告する『反応あり』に溜息を吐く。

 映画の人物の話し声と、ときどき発する環境音に居心地の良さを感じてしまい、テレビの電源を消す気になれなかった。

「今日くらい休んでも罰は当たらないよね……」

 言い聞かせるようにそう呟くと、少女はゆっくりと瞼を閉じた。


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