ふたりきりの誕生日

 茜の十一歳の誕生日を一週間後に控え、夏癸は悩んでいた。

 ――誕生日プレゼントを、どうするか。

 先日、茜に何が欲しいか訊ねてはみた。けれど返ってきた答えは「とくになにもいらない」だった。

 本心ではない、のだと思う。遠慮しているのか、単にそのときは思いつかなかったのか――あるいは、去年のことが関係しているのか。


 十歳の誕生日から二日後、少しだけ遅い誕生日プレゼントを買いに行く途中で茜は母親を亡くした。二人には何の非もない理不尽な交通事故。あれから、まだ一年も経っていない。もしかすると、誕生日プレゼントをねだるという行為に抵抗を感じているのかもしれない。

 ケーキと料理の希望は素直に教えてくれたので、プレゼントのリクエストを無理強いすることはせず引き下がった。けれど、何かプレゼントは用意したい。茜が生まれた日をきちんと祝ってあげたい。誕生日にまつわる嫌な記憶ばかりが残ってしまわないように。


 本、洋服、アクセサリー、雑貨。何をあげても喜ぶ姿は見せてくれるだろう。けれど、どうせなら心から喜んでもらえるようなものを渡したい。

 いままでも茜の誕生日には毎年プレゼントを渡していたが、母の葵が負担に感じないようにちょっとしたものばかりを用意していた。お菓子や児童書、可愛いヘアゴムや小さなぬいぐるみ。代わりに、お祝いの料理は普段の夕飯よりも少し豪勢に。ちなみにケーキを買ってくるのはほぼ毎回葵の担当だった。


 四人家族にお邪魔させてもらっていた誕生日も、三人で祝う誕生日も、茜は楽しそうに笑顔を見せていた。まったく同じにはできないとしても、少しでも楽しんでもらえる誕生日にしたい。

 茜が欲しがるもの。喜んでくれるもの。

 考えた末に思いついたものはひとつだけで、夏癸は静かにパソコンを立ち上げた。


「茜、改めて誕生日おめでとうございます」

「わぁ……!」


 食卓に並んだ料理とケーキを見て、茜は目を輝かせた。調理中も手伝ってくれたけれど、全部並べるとやはり特別なようだ。

 今朝は久々におねしょをしてしまって落ち込んでいたが、気持ちを持ち直してくれたようでよかった。

 料理はすべて茜のリクエストに応えた。

 ひな祭りに試しに作ってみたら気に入ったらしいちらし寿司ケーキに、海老フライとポテトサラダ。ケーキはフルーツたっぷりのショートケーキ。せっかくだからと少し大きめのホールケーキを予約してしまったが、いざ食卓に並べてみると二人では持て余す大きさだった。半分は明日の朝食かおやつに回すことに決める。


 十一本立てた蝋燭の火を茜がふうっと吹き消す。ケーキは一旦冷蔵庫に入れておいて、料理を食べ始めた。今日の学校であったことや、友達からもお祝いをしてもらったことなどを話しながら、茜はおいしいおいしいと食べてくれている。

 無理なく食べ切れる量を用意したつもりだったが、やはりケーキが大きすぎたようだ。一切れの三分の一ほどを残して、茜はフォークを握る手を止めてしまった。


「お腹いっぱいかも……」

「無理して食べなくて大丈夫ですよ。あと半分も残っていますし、また明日食べましょう?」

「朝食べてもいい?」

「ええ、いいですよ。でも、来年はもう少し小さいサイズにしますね」


 夏癸が思わず苦笑を浮かべると、茜も苦笑混じりに同意してくれた。

 食べ残したケーキは夏癸が食べ終え、食器を下げようとすると茜が口を開いた。


「おいしかったぁ……。夏癸さん、ありがとう」

「喜んでもらえてよかったです。もうひとつ、渡したいものがあるんですけど、いいですか?」

「えっ……」


 呆気に取られる茜をよそに、夏癸はそっと席を立って隣室へ行った。彼女の目に入らないところに置いておいた包みを持ってすぐに戻る。可愛らしくラッピングされた包みを差し出すと、茜は目を丸くした。


「べつに、いいって言ったのに」

「私があげたかったんです。開けてもらえますか?」

「うん……」


 茜は丁寧に包装を剥がして中を見た。入っていたものはふたつ。ひとつは三千円分の図書カード。好きな本を、選んで買えるように。そして、もうひとつは――


「これ、夏癸さんが作ってくれたんですか……?」

「ええ。初めて作ったので少し不格好かもしれませんが」

「そんなこと、ないです……っ」


 茜は小さく首を振った。

 もうひとつは、文庫サイズの本。茜のために書き下ろした短編小説をプリントアウトして、ハードカバーで製本した。ネットで調べた作り方を見ながらすべて手作業で作ったので粗い部分もあるが、世界で一冊しか存在しない本だ。

 ――自惚れかもしれないけれど、自分が書いた物語が一番、茜が喜んでくれるだろうと思ったのだ。


「このお話って、あとでどこかに載せたりしますか?」

「載せませんよ。茜のためだけに書きましたから」

「……嬉しい、です」


 本の中身を軽く捲ってから、茜は大切なものに触れるように優しい手つきで、本を胸元に引き寄せた。


「すっごく、贅沢なプレゼントですね……!」


 ほんの少しだけ、涙を浮かべながら。茜が見せてくれた表情は、この一年で一番の、とびきりの笑顔だった。

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