蒼天の剣
葉水 陽
第1話 死の紋章
「ありがとうございました!」
最後のお客さんを見送って、扉のプレートを裏返す。そこから減った魔法薬を棚に補充し、売り上げを計算、記録する。
ひとしきり閉店作業が終わる頃に、材料の仕入れからアウクが帰ってきて一日が終わる――はずだった。
アウクに代わってレジに顔を見せたのは、店主であり、アウクの父親のドドだった。
「フォル! そっちにアウクいるか」
「いないよ。アウクまだ帰ってないのか」
「ああ、全くどこほっつき歩いてんだか」
「俺ちょっと探してくるよ」
そう言って扉を開けた。店の前には細い道が左右に広がっているが、左に少し進めばすぐに大通りに出ることができる。市場は城の近くだから少し距離はあるが、大通り以外を通ることはまずない。このまま進めば会えるだろう。
「あ、フォル! ちょうど良い、ちょっと手伝って!」
程なくして探し人は見つかった。桃色のショートカットに魔法薬調合用の作業着を着た華奢な女性がこちらに歩いてくる。その背丈の2倍近くありそうな背中のリュックはパンパンに膨れ上がり、両手のカバンを持つ手は少し震えているようだ。
「すごい量だな。これで遅れてたのか」
「そ、そうなんだよ、あははー」
リュックを背負うとずっしりとした重みを感じる。体は鍛えているほうだと思っているが、これは中々に重労働だ。
「これは、よく運んできたな。今度から俺が仕入れ行こうか?」
「あんたに心配されるほどやわじゃないわよ。それにあんたじゃ魔法薬の材料なんてわかんないでしょうが」
確かになと言いかけたところで、あることに気付いた。
アウクは確かに丈夫だし、怪力だ。魔力による肉体強化の練度が高く、あのテルミノス騎士団からスカウトされたことがあるなんて噂もあるぐらいだ。いくら重いとはいえ手が震えるなんてことはあまり考えられないし、そういえばさっきも返答が少し変だったような――。
「アウク、その、何かあったか?」
アウクの表情が一瞬強張ったようにみえた。
「へ? 何かって、なんでそんなこと聞くの?」
「あ、いや、何か今日のアウク変な気がして」
一瞬沈黙が流れた後、アウクが立ち止まった。
「その、店帰ったらさ、私の部屋来てくれない? ドドには内緒で」
初めて見る真剣な表情。普段のはつらつとした彼女はもうそこにはいなかった。
「今ドドは?」
そう訊く彼女の声に元気はなかった。心なしか部屋の壁の色まで暗く見えたのは、初めて見る元気のない姿に動揺していたからだろう。
「ドドなら1階で材料の整理と処理してるよ。ほら、沢山仕入れたからさ」
「そっか」
意を決したように彼女は口を開いた。
「見てほしいものがあるの」
そう言って手袋を外し、手を伸ばした。
「これ」
差し出された手の甲にはくっきりと印が刻まれていた。魔法陣とも違う、歪な形。微かに魔力も感じる。異質だ。騎士団の凱旋を見に行ったとき、騎士団員から強い魔力を感じたことがあるが、それとは全く異なる類のものだ。
「これは、まさか死の紋章......」
「やっぱり、そう思うよね」
死の紋章。比較的上位かつ広範囲を移動する敵性存在が用いる狩りの方法。自らが生み出した眷属「落とし子」たちに獲物を探させ、マークを付けさせる。後は本体がそこまで一直線に移動して捕食すると言われている。過去には騎士団も壊滅的な被害を受けたと聞いたことがある。
「でも、何で! ここは
「私にも分からない。気付いたらこうなってたの」
鼓動が早くなっているのが分かる。
「取り敢えず騎士団に伝えよう。きっと何とかしてくれるはずだ」
そうだ。テルミノス騎士団であれば、何とか出来るかも知れないし、いざという時も守ってもらえるだろう。
しかし、彼女は動こうとしない。
「よく見て、フォル」
そう言って手を近づける。それほど紋章には詳しくない。死の紋章となれば尚更だ。それほど詳しくは――。
そこまで言って気付いた。この紋章を知っている。体の隅々まで冷えていくのを感じる。
「上位神ザウシュトの紋章?」
「うん、これはきっとザウシュトの紋章だよ。歴史の本の中だけじゃなくてまさか本物を見ることになるとはね」
「そんな、じゃあ」
「上位神クラスが相手じゃ騎士団でもどうにもできないと思うし、このままじゃ
アウクが深呼吸した。
「でも大丈夫。そうはさせないから。......ふふ、あんたのバカ面みてたら元気出てきたわ」
話は終わりと部屋の外に出されそうになる。
「大丈夫って、アウク何を」
「一つだけさ、頼まれてよフォル。この店とパパをお願いね」
まさか死ぬつもりか、そう言い終わらないうちに急に意識が遠のいていく。気絶薬でも使ったのだろうか。そう考えるより早く目の前が真っ暗になった。
蒼天の剣 葉水 陽 @syamogg
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