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「ママ、お誕生日、おめでとう!」
娘の明朗な声を合図に、夫がローソクに火をつけた。
「今日、ママの誕生日だったんだ! すっかり忘れてたわ」
二人で示し合わせ、サプライズを企てていたのだとようやく気づいた。
娘は上目遣いに悪戯な視線を向けている。その表情に胸が詰まった。感情のうねりに最早言葉など失くし、目頭が熱くなる。思わず娘を抱き締めていた。
私は旅の途上で家族の元を決して離れはしない。少なくとも生きてゆく術を伝え終えるまでは娘と共に旅を続けるのだ。
──この子を残して下船してなるものか!
*
子供の私にとって母の死は恨めしいだけだった。あたりまえにあるものが、あたりまえのようになくなってしまう。そんな不条理がこの世に存在するなんて。母の温もりは永遠でなければならないはずだ。
──それを奪ったのはナニモノか!
怒りを露にしても、どこへぶつけていいのかさえわからなかった。
だが、母親となった今、母の気持ちが痛いほど理解できた。たったひとり、船出を見送る切なさ、侘しさ。守ってやるべき娘に手を差しのべてやることは永遠に叶わない、と悟った瞬間の狂おしいまでの慈愛……。
──もし今、娘を置き去りに、命尽き果てたなら……?
そう思っただけで身震いするほど胸は凍え、張り裂けそうになる。死んでもなお、魂は娘を包み込み、決して離れはしないだろう。
母の無念を思うと、娘の顔が涙で霞む。潤んだ目で彼女を見つめ続けた。
私は知っている。この眼差しは、母からの賜り物だと。それはいつの日か娘にも授けられ、未来永劫、代々受け継がれてゆくのだ。
ふとリビングのほうに視線を移すと、鏡の中に、幸福な家族の姿が映し出された。鏡は二つの世代を映してきた。
──あの不思議な白昼夢は……?
母からの祝福だったのかもしれない。
──母の灯した命の
私は慈愛に満ちた眼差しを娘へ投げかけながら、今、強く母の存在を感じた。これまで気づかなかったけれど、母は、私の中に確かに生き続けていたのだ。
*
娘は口を尖らせ、しきりに吹く真似をして、早く火を消せ、と急き立てる。
私は胸いっぱい娘のまとった空気を吸い込んだ。ローソクにゆっくりと息を吹きかけると、炎はゆらゆら踊りながら静かに役目を終えていった
〈了〉
『子を持って知る親の恩』
と申しますが、
誰しも子供時代に思いを馳せれば、どれだけ “ お母さん ” に守られていたかを痛感するでしょう。
──鏡の前でそっと呼びかけてみて!
きっと、 “ お母さん ” が微笑みかけていますよ。
「お母さん……」
鏡 春乃光 @splight
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