第11話「殺される」

 そんなこんなで、多分一生で一回あるかないかと思うほその怒濤の一日は終わった。


 もう、本当に疲れていたのか……私は初めて使う豪華な浴室も、立派なベッドにも何の反応も出来ず、横になった私は滑るようにして深い眠りに落ちていた。


 明くる朝、とりあえずの一声は、これだった。


「……あ。あれって、夢じゃなかったんだ……嘘みたいだわ」


 しみじみと思い返してしまう。昨日、自分の身に、何があったのか。


 天蓋付きのベットは、私が夢見て語っていた通り……きっとこれも、アーチボルトの指示。


 仮面婚で元恋人アーチボルトと結婚したのも、夢じゃない……ということは、私がはりねずみになる呪いにかかっていることも、夢じゃない。


 その中でも、私が何より一番に嬉しいことは、突然別れを告げたアーチボルトが、私を裏切っていなかったこと。


 どうか、そうであって欲しいと思いつつ、そんな訳はないと……数え切れないほどに、押し殺して来た儚い願いだった。


 それは、真相というか真実ではあった。


 ……本当に、予想もつかない夢のような現実だけど。


「……?」


 その時の私は、なんとなく、今まで味わったことのない妙な気分になった。誰かの気配が、私へと迫って来ているような気がする……?


「コラリー様。おはようございます。良く眠れましたか?」


 扉を開けて快活に挨拶しながら現れたのは、昨日私の荷物を運んでくれたメイドだった。


 ……この子かしら?


 ううん。この子でもなく、なんだか……もっと、今もこちらへと迫り来るような……けど、嫌なものではないような。


 不思議な感覚だった。


 私は音をさせてカーテンを開けているメイドに、これからどうすれば良いか確認するために声を掛けた。


「おはよう。朝食は、食堂かしら? ……アーチボルトも、そちらに?」


「はい。旦那様は既に登城されておりますが、奥様は疲れているようなので、ゆっくりさせてあげるようにと、ご指示がありました……朝食も、お部屋で召し上がられますか?」


 あ。アーチボルト、今は居ないんだ。


 なんだか、ほっと安心したような、さみしいような、不思議な気分だった。


 私はメイドの申し出に、首を横に振った。楽だからと好む人も多いらしいけど、私はベッドで朝食を取ることは、あまり好きではない。


「かしこました。では、お着替えをお手伝いいたします」


 いつも任せて気心が知れているサマンサとは違って、リサと名乗ったメイドにドレスを着付けて貰っていたら、なんだかんだと時間が掛かってしまった。


 それにしても、アーチボルト……私の趣味を、完全に把握しているわ。


 衣装部屋に用意されていた何着かのドレスは、好みのものばかりだったし、それに私のサイズにピッタリだった……行きつけのメゾンのマダムでも、買収したのかしら?


 あまり、深く考えないようにしましょう。


 ところで、先ほどから感じていた妙な予感だけど、近くに居る……ような気はしている。けど、もう近付いては居ない。


 準備を終えた私が食堂へ向かおうとしたところ、若い従者が小走りで私へと近付いていた。


「奥様。奥様にお客様がいらっしゃっています……先触れもありませんが、人の命がかかった急用なのでと……ドミニク様と、名乗られる男性なのですが」


「ドミニクが!? ……わかりました。それでは、案内してくれる?」


 ドミニクという偽名を使おうとないところが、逆に王族の彼らしいわ。


 それに、この不思議な予感も、もしかしたら彼が近付いていたから? と、なんとなくピンときた。


 彼にかけられたはりねずみになってしまう呪いが、私へと移ってしまったから……もしかしたら、そのせいなのかもしれない。


 急ぎ私が扉を開けると、やはり予想通り、そこには昨日初めて会ったばかりのドミニクが居た。


「コラリー! 急にすまない……というか、昨日だって本当に申し訳なかった。二人が結婚出来たか、単に心配になっただけなんだが……あんな余計なことをしなければ良かったと、本当に反省したよ」


 本来ならば王族の彼は、どっかりと腰を下ろしたままで良いのに、立ち上がったので私は彼に腰を掛けても良いと慌てて手で示し、何人か居た使用人は部屋から出て行くようにと人払いをした。


 やっぱり……私はドミニクに、吸い寄せられるような不思議な何かを感じていた。何かしら。


「ごきげんよう。ドミニク殿下……あの、何かあったんですか?」


 私が軽く彼へ礼をすると、ドミニクは足を組んではーっとため息をついた。


「今から……すごく、君に言いづらいことを言う」


「何ですか?」


 はりねずみの呪いの解除方法について、何か良くないことでもわかったのかと私は眉を寄せた。


「実は、俺の呪いが君に移っただろう?」


「はい」


「あれは、オラージュ王族にとっては、愛する者を定めるというか……そういう、誓いの儀式のようなものなんだ」


「……儀式ですか?」


「そうだ。そして、愛し愛されると呪いがなくなる……つまり、はりねずみの呪いを解くには、君と俺が一度愛し合う必要がある」


「無理です」


 私は半目になって即答した。


 初恋の人アーチボルトと別れていても、誰かを好きになることは無理だったのに、今は彼と結婚しているのに、もっと無理よ!


「だよなー……あー! もう……どうするんだよ!」


 ドミニクは頭を抱えて髪を掻きむしり、心底悩んでいる様子だった。目の下には、昨日はなかった隈も見える。


 もしかして、私に移った呪いを自分にどうにか戻そうとして、徹夜で必死で調べていたのかもしれない。


「これって……アーチボルトには?」


「言ってない。そうしたら、多分……俺は不慮の事故に見せかけて、殺されてしまう」


 本気の恐怖を感じているのか身体が震えているドミニクを見て、私はなんとなく悟った。多分……そういう事例が過去にあったのね。


「えっと……えっと……他に方法は?」


 雨の中で震える子犬のようなドミニクを見て、私はなんだか可哀想になってしまった。


 はりねずみになるのなら、不便は不便だけど……そうなる過程には、私の過失も多く含まれているし、彼だけの責任だとは言えない。


「なんだか、途方もない夢物語みたいな……呪いを解く方法しか、出てこなくて……俺はアーチボルトとコラリーに幸せになって貰いたいよ! なんで、こんなことに……」


 しおしおとしょんぼりしたドミニク、王子様らしい容姿を持っているけど女装して育てられていたせいか、仕草が男性らしくなく上品というか嫋やかなのよね。憎めない。


「ドミニク。とにかく、落ち着いて……けど、愛し合うことは不可能だわ。だって、私にはアーチボルトが居るし、彼以外好きになれないわ」


「そ、そうだよな……良いなぁ。羨ましい」


 私はすんなり素直な気持ちを言えば、ドミニクは本当に羨ましそうな様子だったので不思議になった。


「何? どういうこと? そんな訳で、呪いは正攻法では解けないわ。ドミニク」


「いや……アーチボルトも、自分が結婚するのは、あのコラリーだけしか居ないといつも言っていた。だから、別れる理由になった俺はいつも殺されるんじゃないかと怯えていたけどね……ははは。君だって同じ想いだった訳だ。だから、良いなぁと言ったんだよ。コラリー」


「……そうだったの」


 私の顔は今、熱くなって赤くなっていると思う。


 なんだか、こうして間接的にドミニクから私の話をしていたというアーチボルトの様子を聞くと、本当に嬉しい。


 彼だって何度も私のことを好きだと言ってくれるけど、アーチボルトは少々……というか、なんだか口が上手すぎて、不安になってしまうこともある。


 もしかしたら、私以外にも……なんて、付き合っていた時も、時々。


 けど、ドミニクはここでこんな嘘をついても何の得もないはずだし、アーチボルトが私を本当に好きでいてくれることは疑いようもない事実のはず。


「とにかく……このままだと、俺は殺されるし……コラリーもはりねずみのままだと可哀想だし、八方塞がりだよ」


 天を仰いだドミニクは、どうしたものかと、大きく息をついた。

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