第12話「嘘つき」

「はりねずみの姿も、ずっとって訳でもないし、私は大丈夫よ。ドミニク」


 私は沈み落ち込んでいる様子の彼を、放っておけなくてせめてもの慰めの言葉を掛けた。


 私が誰かに誰かに抱きついたり、抱きつかれたりしなければ、それで良いんだし。


「コラリー……君は良くても、アーチボルトは俺を絶対に許さないだろう……」


 それには黙ったままで、頷いた……確かに、アーチボルトは許さなさそうね。だって、私と二年間離れていたのも、ドミニクに掛かった呪いが理由だったのなら、より彼に皺寄せがいくことになるもの。


 ドミニク……階段でフラついてアーチボルトに抱き止められてしまったのも、私が誤って彼を持ち上げてキスをしてしまったのも、全く彼のせいではないのに。


 それに、昨日から徹夜までして呪いを解き方法を調べて頑張ってくれたのなら、私はそんなドミニクを責めずにしてあげたい。


「あ……ねえ。ドミニク。何故、アーチボルトは貴方と付き合うことになったの? 彼から聞いた事情だと、誰かがアーチボルトを疑って、貴方が試すために付き合うということになったらしいけど……」


 その部分が不思議だった。だって、あやしい動きを見張るだけならば、付き合わなくても良いと思ったもの。


「ああ……まだ、王女の振りをしていたからね。そんな俺がアーチボルトの周囲に居るとなれば、どんな風に思われるかは、大体想像つくだろう?」


 見目麗しい男女……に見える二人が共に近くに居れば、周囲の人たちはあること無いこと噂するだろう。だから、いっそ付き合っていることにしたんだ。


 納得はしたけれど、なんとなく心の中では消化しづらい。


「つきます……どちらにしても、私に事情を話す訳にはいかないから、アーチボルトは私と別れたんですね」


 もしあの時、ヴァレンティ姫と付き合っている振りをするけど、私と同時進行するといった説明を、アーチボルトからされたとして……私は何も疑わずに、黙っていることが出来ただろうか。


 ドミニクが本当は男性であることも、本来ならば国家機密のはず。


 けど、それも言えないとなれば、不安や焦り嫉妬なんかで、あの時の自分が自制出来たかなんて、私本人でも無理だと判断する。


 だから、アーチボルトは、私には何も話さなかったんだ……。


「うん。まあ、それもあるけど、アーチボルトは諸々の条件が飲めなければ、君を殺すって脅されたからね。だから、彼にとっての人質みたいなものだったし……そんなこんなで、俺も再び結ばれるか気になってしまっ……」


「待って! 私を殺すって、どういうこと?」


 私はそれに驚いて、彼に詰め寄った。


 ドミニクは急に近付いた私にびっくりしていたけど、喉を鳴らしてから話し出した。


「う、うん。それは……驚くよね。アーチボルトは……まずは、第一に恋人である君を失いたくなかったら、と脅された。だから、アーチボルトは絶対に口外しないし、なんなら制約魔法も受け入れると言った」


 制約魔法は「もし、○○をしたら、○○する」と、強制的に罰が執行されてしまう。


 ある程度の条件に縛られ、本人が受け入れなければ掛けることが許されない。主に犯罪者に使われるような、禁呪に近いものだ。


「……どうして。それで良いでしょう。アーチボルトは、言わないと約束したのに?」


「アーチボルトは、王家の二つの秘密を知ってしまっただろう? 動物になる呪いと、俺が女であること」


「あ。それで……二重の制約魔法は、掛けられないから?」


 私も聞きかじりの情報ではあるけど、制約魔法の発動はひとつしか無理らしい。だから、アーチボルトは女装のヴァレンティ姫が第三王子ドミニクになる日まで、ずっと拘束されていたのね。


「そういうこと。オラージュ王族も男であれば、王位継承権を持つことになるし、表に出る回数が飛躍的に増える。病弱な王女であれば、なんだかんだ許されて、表に出ることは少ない……昔は王女が実は王子でしたと明かしていたらしいが……今の俺、第三王子ドミニクは幼い頃から留学していることになっているし、俺は最初からそれで良いだろうとは思うけどね」


「……王家の慣例ですか」


 いつあるからかわからない古い慣例は、以前はそれで良かったかもしれないけど、今の時代にはそぐわないのかもしれない。


「まあね。だから、誰かがこれはおかしいと声をあげるべきだろうが、建国以来、そんな面倒をする人も居なかったんだろうな。俺も本来そうであったように、男に戻れて嬉しい。けど、呼ばれる名前も変わるのも、変な感じだよ」


 ドミニクはなんてこともないと言わんばかりに肩を竦めたけど、彼は彼で色々大変だったと思う。


「私、ドミニクのこと……なんだか、憎めないです。アーチボルトのことも、はりねずみの呪いのことも、大元を辿ればドミニクが原因というのは理解したけど……ドミニクはどちらも悪くないし、どうにかしようと頑張ってくれて本当にありがとうございます」


 私は本当にそう思ったからそう言ったんだけど、ドミニクはうるうると涙ぐみ感動したように言った。


「コラリー……君って、本当に可愛い。俺は」


「殺すぞ。ドミニク、妻に近寄るな。さっさと帰れ」


 私は低い声を聞いて、ぞっと背筋に寒気が走った。


 けど、話の内容からアーチボルトであることに気がつき、ノブを持ち扉を開けたところだったらしい彼の元へと走った。


「アーチボルト! 帰って来たの?」


「えっ……コラリー……君、はりねずみになりたいの?」


 呆れた様子のアーチボルトに抱き上げられ、私は彼に訴えた。


「アーチボルト……私を殺すって、言われたんでしょう? 制約魔法も……私、ごめんなさい」


「ああ……ドミニクに聞いたのか。おい。お前が居なくなったと王宮は大騒ぎだ」


 ドミニクは慌てた様子で立ち上がり、私たちの脇を擦り抜けて去って行った。


 ……あ。やっぱり、私……ドミニクが離れていく感覚がわかる。


 良くわからないけど、私と彼ははりねずみの呪いで、何か妙な縁で繋がってしまったのかもしれない。ドミニクの位置がなんとなくだけど、わかるんだわ。


 それにしても、ドミニクは彼が悪くないことで、アーチボルトに怒られることが多すぎて、なんだか面白い。二人はそういう運命なのかもしれない。


「ドミニクって、憎めないよね。アーチボルド」


「……そう? 僕はあの脳天気なトラブルメーカーぶりに、数え切れないほどにイライラさせられたものだったよ。コラリー」


 アーチボルトは私を連れてソファに座ると、座面に私を置いて立ち上がろうとした。


「待って!」


「……どうしたの? コラリー」


 アーチボルトは私の姿を元に戻そうと、ミルクティーを取りに行こうとしていたのか、呼び止めた私に驚いていた。


「アーチボルド。私の命を盾に取られたのに、私には何も言えなかったんでしょう? 私……それなのに、ひどいことばっかり言って……ごめんなさい」


 彼の膝によじ登ろうとすると、意図を理解してくれたのか、大きな手ですくい上げてくれた。


「良いよ。君に落ち度は何一つない。僕が言わない……事情が言えないから、何も知らない。だから、自分勝手に別れを告げた癖に都合良く舞い戻り、結婚までした僕を罵るのも仕方のない話だ」


 アーチボルトは膝の上で私の身体を撫でてくれるけど、私の身体は無数のトゲに守られていて痛いと思う。


「アーチー……手が痛いよね。ごめんなさい。けど……貴方と離れたくなくて……ごめんなさい」


 私はまた、彼の指に抱きついて涙を流した。


 はりねずみになるしかないけど、アーチボルトに触れていたかった。離れたままでは、とてもいられないと思ったからだ。


「良いんだよ。コラリー……君を悲しませて、本当にごめん」


「アーチボルトは本当に、嘘つきね……何も知らない私のことを、傷つけまいとして、ずっと……自分のことを悪者にしていたんだわ。こうして事情がわかっても、それは私には言わなかった」


 口の上手いアーチボルトは、昔から私に良く嘘をついた。けど、それって話を面白くして笑わせたり、何も知らない私を揶揄ったり……悲しませるような嘘は、一度もついたことはなかった。


 私を誰よりも大事にしてくれていたから。


 ぽろぽろ流れて止まらない涙を、アーチボルトは指で拭って困った顔で見ていた。


「コラリー……君のことが、大好きだ。多分、君が僕のことを何も意識してない頃から、ずっとだよ」


 私たちは幼馴染みで、長い長い時を過ごして居た。


 それなのに、えらそうにわかったつもりで居て……彼のことを、私は何もわかっていなかった。

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