第8話「呪いの王子様」
「刺される前に……先に言っておくが、これは本当に不幸な偶然が重なった不可抗力だからな。俺は自分のせいで別れてしまった恋人同士が、無事に結ばれたかどうなったかを、単に確認しようとしただけで……」
ドミニク呼ばれた彼は床からやっと立ち上がり、はりねずみ姿になった私を抱き上げたままのアーチボルトは、近づき詰問するかのように彼へと聞いた。
「なんで……あの姿だったんだ。人のままで、何かそれは不都合があったのか? ……そうすれば、こんなことには、ならなかっただろうに」
「この子に抱き上げられる五分前までは、人の姿だったんだよ! やたらとふらついて、倒れそうなばあさんが倒れそうで、俺はそれを支えようとして……」
「何を無意味なことを……それは……彼女には、その瞬間は見られなかったのか?」
「人として、見過ごせなかったんだよ! 幸いなことに、それは背中からだったんだよ。振り向いた彼女も不思議そうな顔をしていたけど、地面近くに居た俺には全く気がつかなかった」
「……それでコラリーに連れられて、ここまで? いや、彼女がこの姿になっているということは、まさか」
アーチボルトは何故か怒って近付こうとしたので、ドミニクは後退った。
「不可抗力だよ。その姿の俺は、じっと真っ裸を見られているような感覚なんでね。彼女に床へ下ろしてもらおうと、もがいたら、ぐうぜん! 当たっただけ! 二人とも、完全に他意はない。大体、あの姿で何をしろって言うんだよ!」
「それはそうだろうが、僕のコラリーに……許しがたい。ドミニク。僕を二年間、苦しい立場で拘束した挙げ句にこれか……?」
「だから、自分の責任だったから、二人の行く先が心配になったって言っただろう! お前は宰相になるための手助けだってしたはずだぞ!」
「待って待って!!! 言い合いは、ストーーーーップ!」
私は二人の言い合いの中に取り残されてしまい、我慢出来なくなって叫んだ。
私、今はりねずみになっているんだけど!! 二人とも、この摩訶不思議な現状を理解しているよね? なんで、それが当然のように話が進んでいるの?
私の身体を持っていたアーチボルトは、手のひらに乗せて自分の視線の高さまで上げると、私と目を合わせた。
「ごめん……コラリー。驚いたよね。これから、もっと驚かせることになる……おい。ドミニク、これはどういう判定になるんだ? もし、コラリーに何かすると言うなら、敵対国へ僕が手に入る重要機密書類を、すべて送ってやる」
脅しつけるように低い声で言って、アーチボルトがドミニクを睨み付けると、彼は慌てて両手を組んで祈るように言った。
「やめろ……やめろ! アーチボルトは問答無用でしそうだから、本当に止めろ!! 彼女のことについては、俺たちが黙っていれば、誰にもわからない!! お前の時とは全く状況が違うんだ!!」
「お前の影は?」
「ああ……もうすぐ居なくなることになる第三王子になど、王家の影は付く必要がいない。それにヴァレンティ姫は、もうこの国には居ないだろ? ……公式には」
「偽装輿入れに、どれだけの予算が掛かったと思っている」
「わかった……わかったって……そこのコラリー。俺はオラージュ王国、第三王子ドミニク。またの名を、ヴァレンティと言う」
「……え?」
……何を言ってるの?
いえ。実はそれって、彼ら二人が話し始めた時から、私は何回も何回も数え切れないくらいに思ってはいた。
第三王子ドミニク様は、王太子でもスペアでもないから、博識になりたいという本人たっての希望で幼い頃より、他国に留学されていて……ええ。一国民の私は、そう聞いています。
だって、まず最初にドミニクは『自分のせいで別れてしまった恋人同士』って言ったもの。それからの文脈を考えれば、それってアーチボルトと私のことなんでしょう?
「コラリー。今まで何も言えずに、本当にごめん。幼い頃から病弱だったドミニクは、王家にある慣例通りヴァレンティという名前を使って女装をしていたんだ」
ああ……へえ。え? けど、ドミニク王子は、アーチボルトと恋人同士だったよね?
「え? 二人とも、男色だったってこと?」
「「違う!」」
二人から同時に強く否定されたけど、話の流れ的にそうだよね? どういうこと?
「オラージュ王家では王位継承権を持つ男子には、特別な意味がある。だから、もしかしたら成人まで育たないかもしれない男子は女子として育てられるんだ……今とは比較にならないくらいに、医療技術がなかった時代のことだ。俺自身もそれは、時代錯誤とは思っているんだが……」
「そういう訳で、僕は人生の中でコラリーを裏切ったことなんて一度もない……では、何故僕ら二人が別れなければならなくなったかは、今からそこのドミニクが説明してくれるだろう」
アーチボルトが淡々と言ったので、私はその時に、頭が真っ白になったかのような錯覚を覚えた。
苦しそうで辛そうな表情で、私へ別れを告げたアーチボルト……もしかして、失恋したての私が「何か事情があるのかもしれない」と思った良くない幻想が、本当だったなんて!
え。絶対に彼との復縁はないと諦め付くまでに、私がどれだけ苦しんだと思っているの? あれが全部無駄だってこと!?
「ああ……君の姿が今はりねずみになっているのは、俺に掛けられた呪いの影響だ。実はオラージュ王家の血には、代々呪いが掛けられていて……誰かに抱きついたり、抱きつかれたりすると、動物に姿が変わるんだ」
「どの動物なのかは、それぞれで違うんだけど……ドミニクは、それがはりねずみだったんだ」
アーチボルトは私の背中にある針部分を撫でたので、私はそれが痛くないか心配になった。
……へっ……へー……それでそれで……? もう何を言われたって、私は驚かないよ?
はりねずみになる前とは天と地で、今では言葉も出せないくらいに驚いているけど……大丈夫。
私はもう心の驚きの許容量満杯だから、もう何を言われても今以上には驚けないはず。
「まあ、そういうことで……ベタな話だけど、誰かを本気で好きになって愛し愛されると、王家の呪いは解けるようになっている。だから、オラージュ王国は……知ってるだろ? 恋愛至上主義。王でもどんなに地位の高い王族でも、愛した者と結ばれる。まあ最近は、恋愛結婚奨励が、あまりに行きすぎていると思わなくもないけど、すべての大元はこれだ。俺たち王家に掛けられた呪いは、愛する者と真実結ばれなければ解けない」
え……それって、昨今の王国の恋愛至上主義にも、繋がってくるの? 壮大過ぎて本当に、付いていけない。
「僕はその時、階段の下に居て段上に居たヴァレンティ姫がふらついたので、支えようとしただけだ。今思うと、こんなことになるのなら、見捨てておけば良かった」
「おいおい……それは、ひどいぞ。俺だって別に好きで、病弱な訳でもないからな」
その時のことを思い出したのかアーチボルトは顔を歪ませ、それを言われたドミニクは口元がひくついていた。
「えっ……待って。待って……アーチボルトは、ヴァレンティ姫のことが好きだったから、私のことを捨てたんじゃないの? だって、私……ずっと……」
はりねずみって、泣けるんだ……と、私はこんな状況の中で、ぼんやりと思った。
ぽろぽろぽろぽろと、目から流れてくる涙が止まらない。
「コラリー……そんな訳が、あるはずがない。あのドミニクの秘密を守るために、成人になるまでの二年間僕は縛られたんだ。そして、ヴァレンティ姫は遠い異国へと輿入れを果たし、僕の役目が終わった。ようやくコラリーの元へと戻れた」
「嘘でしょう……私。ごめんなさい。アーチー」
「君が謝ることなんて、何もない。悪いのは、全部あの男だ」
「階段でふらつき、アーチボルトに呪いの姿を見せてしまった俺が全部悪いです……コラリー……本当に悪かった」
謝ったドミニクはしおしおと可哀想なくらいにしょんぼりした様子だったので、私は彼を責める気にもなれなくて……近くにあったアーチボルトの指を前足で掴んだ。
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