ep.004 探偵の助手〜育児探偵の場合

 助手科の生徒たちがいる教室の大きなモニターから、育児探偵が見切れたところで、再び映像が静止した。


「このように、なんらかの事情により探偵が退してしまうことがまれにあります。もし、探偵が事件を解決する前に、いなくなってしまったら……どうなってしまうでしょう?」


 和斗尊わとそん先生の問いかけに、助手科の生徒たちは手を挙げた。


「廊下側から二列目、前から三番目の方、どうぞ。」


「はい。探偵と依頼人との間で、事件の依頼に関する契約が結ばれていた場合、契約不履行による違約金の支払いが、探偵側に発生する可能性があります」


「そうですね。他には? はい、窓際から三列目、前から六番目の方、どうぞ」


「探偵が、個人で依頼を受けたのではなく、例えば探偵事務所という法人格で依頼を受けたのであれば、法人の被雇用者は雇用条件により、探偵個人が何らかの事情で依頼の遂行が不可能になった場合でも、探偵事務所の被雇用者が同依頼を遂行しなければならないと思います」


「そうですね。探偵の助手になるときの雇用条件または雇用契約。それはかなり重要です。果たしてになるのでしょう」


 和斗尊先生はモニターを横に移動すると、チョークで黒板に字を書いた。


「『助手とは?』 現代国語例解辞典第二版……私が学生時代から使っているものなのでだいぶ古い辞典ですが、そう大きく意味は変わっていないはずです……この辞典によると、『助手』『仕事の手助けをする人。』『大学で、教授の指導を受けて研究をするとともに、学生の指導の一端をも受け持つ人。』と書いてあります。となるとつまり、探偵という仕事を手助けする人が、探偵の助手であると言ってもいいでしょう」


 和斗尊先生は、再びモニターを黒板の前に持ってくると、リモコンを操作して映像を少し戻した。ベビーカーの中の赤ちゃんが泣き出した場面が静止画になる。


「育児探偵の場合、育児中ということもあり、乳児同伴で事件現場に来ています。しかし、いざ捜査や推理を行うとき、一時的にでも育児業よりも探偵業を優先して動かなければなりません。もし、あなた方が育児探偵の助手になった場合、何を手助けするべきでしょう?」


「先生、先ほど雇用条件のお話がありましたが、雇用条件に則した行動を取るべきではないのでしょうか?」


「そうですね。雇用条件を遵守することは当然です。しかしながら、助手が探偵の私生活に一切関与をしないことが可能でしょうか。育児探偵が連れてきた赤ちゃんが、急に泣き出したとき。捜査とは無関係として赤ちゃんを放置するのか。赤ちゃんをあやしている間に探偵に事件を捜査してもらうのか。探偵が捜査に集中できるように赤ちゃんを第三者に託す手配をするのか。それとも……おっと、チャイムが鳴りましたね。本日はここまでです。お疲れさまでした」

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