見失う
砂が続いている。おおむねは黄色く見えるその粒の、しかしところどころが奇妙に赤い。おそらくは鉄を含んでいるのだろう――たしかなことは何一つわからなかったが。風を受けて、ごくわずか打ち寄せる湖。波打ち際のかすかな緑、青を孕んだ飛沫が上がっては、砕けて砂に吸われていく。ときおり、その水の膜を透かして貝や指先ほどの蟹の姿が見える。ひどく小さな魚の尾も。それらのものたちは暁を映して白く光り、星のように瞬いては消えていった。それらのうちで、ただひとつ打ち上げられていく海草のたぐい。どれも種類はわからなかった。その名前を知りはしなかった。
空は晴れ渡っている。水面はまるで鏡のようにそのさまを反映する。ひどくまばゆい赤と紫。橙と黄金。それらの背後に拡がるあまりの青さ。うねりながら微笑む雲たち。夜明け。日ごと繰り返す奇跡の時間。
しかしその満たされたかがやきを裏切って、ひとつの黒い影がある。湖のなかばに突き出た尖塔の面影。いつとも知れぬ時代に、けれどたしかに死んで湖へ沈んだ城の。あるいは砦の、それは亡骸だった。
石とも鉄ともつかぬ塔の頂は黒い。ただ深く。暗く、夜そのものにも似て。その先端はどんな日差しにも輝くことはない。生きることを切り裂くような鋭さで。
身震いをする――思わず首をすくめた。背筋の裏を、何か冷たいものがひやりと這い上がる。背を向けて歩き出す。振り返りはしなかった、ただ目を逸らして。
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