むかしむかし……

 笑い声が上がった。丸く柔らかな子供たちは綿菓子じみて転げ合い、ひっきりなしに笑って、お互いのやわらかな身体に埋もれあいながら跳ね回っている。子供たちの遊ぶこの広場は、猫の毛並みのように心地よく、雲のように安全だった。床は肌と同じ温度に保たれ、常に清潔、どんな出っ張りも存在せず、誰かが大きく転ぶと風船のようにたわんで受け止める。遊び場はそのように躾けられているのだ、太古の昔から。と、そのうちの誰かが声を上げた。おばあちゃんだよ! 明るい通路の先を指さす。子供たちはわっと歓声を上げながらめいめい立ち上がる、駆け寄る。

 おばあちゃん!

 綿毛のような子供たちは《おばあちゃん》へ抱きつく。おばあちゃんの腕は大らかに広く、存在のすべてに微笑と優しさ、忍耐強さ、愛情を詰めこんでいた。

 やれやれ、みんな。とおばあちゃんは言った。ほんと、ずいぶん大きく、重たくなったものね!

 そうしておばあちゃんは子供たちに取り巻かれながら、遊び場の真ん中へ歩いていった。子供たちは誰もがおばあちゃんの身体にくっついていた――手をつなぎ、あるいは服のすそを掴んで。

 遊び場の、一面ふかふかになった床に腰を下ろしたおばあちゃんの周りへ、子供らは押し合いへしあい座り、そうしてそのうちのひとり、おばあちゃんの膝上へ幸福そうにしがみついた一人が言った。

 おばあちゃん、お話して。

 そうしておばあちゃんは話し始めた。虹の根元にあるという金の皿のこと、遠い島の不思議な花のこと、誰も知らない塔に暮らす神さまのこと。おばあちゃんの、蜂蜜さながらに合成された神秘の音、のどではないのど、舌ではない舌、口ではない口によって模(かたど)られる、この世にたったひとつきりの、おばあちゃんのとっておきの声で。

 子供たちはうっとりとした顔で聞き続けた。誰も彼もおばあちゃんの言葉に耳を澄ませ、その響きが脳裏に綴るしなやかな夢のさなかに陶然と泳ぎ、漂った。やがておばあちゃんが口を閉じたときには、子供たちはもう、全員がほんとうの夢のなかへ旅立ったあと。膝の上、すぐ傍に眠っている子供の髪を小さく撫でながら、おばあちゃんは微笑んだ。それはかつてある絵画の上から取り出され、精緻に組み立てられた、ほとんど完全な微笑だった。

 どれほどの時間が経っただろう? おばあちゃんが言った。さあ寝ぼすけさんたち、そろそろお昼寝はおしまいにしましょう。あんまりたくさん眠ると、夜に眠れなくなってしまいますからね。

 やがて一人が大きくばたりと寝返りを打った。ううん、という心ここにあらずの声、少しずつ声と物音の輪が大きくなる。

 子供たちは目を覚ました。誰もがめいめいの格好で伸びをする。おばあちゃん、おはようと一番近くに眠っていた子供が言った。

 おばあちゃんはそっと立ち上がる。さ、もう少し頭がはっきりしたら、一緒に食堂へ行きましょう。おいしいおやつがありますからね。今日は特別なのよ。そうして子供たちはボールのように弾みながら、みんなしておばあちゃんについて行った。

 どうして今日は特別なの、と誰かが言った。おばあちゃんは笑う。今日はお祝いの日だからだよ。おいわいのひ? そう、今日はお祝いをする日。おめでたい日なのよ。知らなかった?

 誰もそんなことは知らなかった。

 食堂の机の上には、ピンク色をした巨大なお菓子が載っていた。丸い筒っぽみたいな茶色の段が三つ重なり、その上からぐるりと垂らされたいかにも甘いピンクのお砂糖、緑と白のチョコレートで、あちこち星の絵が描かれている。ハートの形にちりばめられた苺と木苺、ブルーベリーにバナナ。ナッツ。林檎とオレンジは、最上段で花の形に飾られている。

 すごくきれいで、ものすごくおいしそうだった。

 子供たちは手を叩いて喜んだ、方々で上がる歓声――そこへおばあちゃんの、あまりに優しい声が響く。みんなはいい子できちんと椅子に座り、そしてケーキという名前のお菓子が切り分けられ、自分の前のお皿に配られるのを待った。机に敷かれたクロスには、蝋燭の絵が描かれている。やがて準備は万端整い、おばあちゃんは歌を歌い、ふと明かりを消した。

 部屋が暗くなる。それと同時に、部屋の表面を覆っていた白い膜が溶けるかのようにさっと消え、いまやガラスじみて透き通った天井、壁の向こう側には、青く静かな色が拡がっていた。青、緑、そしてそれらのうちの、どれとも呼べない水の色……。床の下には、小さく細かな白い砂が一面に続いている。潮流のためにゆるくうねり、かすかに波打ちながら。

 おばあちゃんが言った。その小鳥の鳴くように快い声と音が、ひっそりとあたりへ響く。今日はあなたたちの五歳のお誕生日。ほかのどこへも住むあてのなくなった人間という生き物が、海の底にかくまわれてから無事このときまで生き抜き、育つことのできた、途方もないお祝いの日。

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