洪水

 かがり火が焚かれる。しんとした夜のなかの火、赤く、見つめた目の底にかすかな光の影を残して。人間が点した人工の光は、あたりを巡る水にきらきらと反射しながら、何かの目印のように燃えていた。

 城は眠っていた――少なくとも、その支度を始めてはいた。それぞれにそっと目蓋を閉じるためのささやかな儀式、毎夜訪れる小さな死のための身繕い。あちらこちらに交わされる、ひそやかなおやすみの挨拶。やさしさに満ちた弔い。互いに寝具を重ねあい、手を取り合って眠るもの。ひとり寝台に横たわるもの、まだそっと起きて、慎ましやかなおしゃべりに興じるもの。門番のための小部屋にも、ゆったりとした寝袋がひとつ収められ、いまはひとりの年老いた男が、剣を抱きながら眠っている。穏やかな夕べだった。幸福なおしまいだった。誰も遠く打ち寄せる波の音には気づかなかった。

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