弁当は宵から
三鹿ショート
弁当は宵から
何時、どのような災害に見舞われるのかは、誰にも分からない。
だからこそ、私は常に食糧や武器を備蓄するようにしていた。
そのことを話すと、大半の人間は杞憂であると口にし、時には私を嘲った。
それでも、私は己の行為を停止することはなかった。
同時に、誰もが明日の食事に悩むようになったとしても、手を差し伸べるという選択肢を持つことは無いと、心に決めた。
***
私は災害に備えていたが、だからといって災害に見舞われることを望んでいたわけではない。
だが、私の行為は誤っていなかったということが証明されたことに対しては、喜びを感じていた。
それを特に感ずるのは、死してもなお動き回る存在によって生命を奪われている人間を目にしたときである。
空腹のために、外へ出て行き、食糧を探しに行っては、自身が食されるという、なんとも皮肉な結末を迎えた人間は、数多い。
そのような人間たちを、私は嘲笑した。
私を馬鹿にしていた人間たちの愚かな末路は、これ以上はないほどの娯楽だった。
***
私の備蓄について知っている人間が自宅にやってくるのは、珍しいことではない。
彼らは一様に、私に対する態度を謝罪した後に、少量でも構わないために食糧を恵んでほしいと頭を下げてくる。
彼らに対する私の答えは、決まっている。
私は隠し持っていた鉄製の導管で相手の脚の骨を砕くと、その場で叫び声を出し、そして家の中に逃げ込んだ。
扉の外から助けを求める声が聞こえてくるが、それはやがて悲鳴へと変化し、そして聞こえることがなくなる。
窓から確認すると、先ほどまで助けを求めていた人間は動かなくなり、地面に赤々とした花を咲かせていた。
数分ほどが経過すると、その人間は再び動き始めるが、歩くことができないために、地面を這って何処かへと消えていった。
そのような光景を何度見たことか、憶えていない。
***
これまで多くの人間を見捨ててきたが、彼女だけは異なっていた。
何故なら、彼女が私の行為を否定したことは、一度も無かったからである。
元々人当たりが良いということもあったのだが、その態度に、私は救われていた。
ゆえに、彼女が来た場合は、追い返すような真似をすることはないと決めていたのだった。
彼女の感謝の言葉に、私は満たされたが、その時間が長く続くことはなかった。
当然ながら、二人になれば、消費する食糧も増える。
このままでは、想像していたよりも早く、食糧が無くなってしまうだろう。
そのことを考えられなかった自分を恨みながらも、餓死するような末路を迎えることは避けたかったために、私は外へ出て、食糧を探すことにした。
不安に襲われたが、彼女も共に行くということを告げてきてくれたことは、心強かった。
我々は、死してもなお動き回る存在と接触することがないように、道を進んでいった。
予想はしていたが、近隣の家々は既に荒らされていたために、食糧は無かった。
それでも、諦めることなく、我々は歩を進めていった。
***
食糧を探しては自宅に戻るということを繰り返していたが、消費が勝っているために、何時食糧が無くなったとしても、不思議ではない状況と化した。
そのような状況を見かねてか、彼女はこの家から出て行くと告げてきた。
自分がこの家にやってきたことが原因なのだと口にする彼女を、私は宥めたが、彼女が私の言葉を聞き入れることはなかった。
餞別として、残り少ない食糧を私が渡すと、彼女は笑顔を浮かべながら感謝の言葉を口にした。
***
備蓄していた食糧が無くなった今、自宅に留まっている理由は無い。
私は死してもなお動き回る存在と接触することがないように、当てもなく歩き続けた。
やがて、空腹に悩まされるようになると、私はとある疑問を抱いた。
何故、私は此処までして、生きようとしているのだろうか。
今や世界は崩壊し、何者かの助けを求めても無駄である。
人間は、確実に滅びの道を歩んでいるのだ。
それにも関わらず、何故私は、必死になって食糧を探す日々を過ごしているのだろうか。
彼らの仲間と化せば、自分という意識は消滅し、全ての苦しみから解放されるのだ。
醜い抵抗を続けるくらいならば、自身の手でこの世界に別れを告げた方が、どれほど楽だろうか。
そのように考えたとき、私は彼女を目にした。
再会を喜んだが、即座に彼女が彼女では無くなっていることに気が付いた。
しかし、それでも構わなかった。
己の手で己の生命を奪うことよりも、一時的ではあるが彼女の空腹を満たすことができるのならば、其方の方が有意義ではないだろうか。
私は深呼吸を繰り返した後、彼女に向かって歩き始めた。
そして、彼女に声をかけた。
その瞬間、彼女は私に飛びかかってきたが、私が抵抗することはなかった。
弁当は宵から 三鹿ショート @mijikashort
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