第2話 大変な世界(特に変更なし)

「――浮足立ったはいいものの……配信者ってどうやってなるんだ?」


役所からの帰路の途中、悠真は頭を悩ませていた。

あんなにもウッキウキで飛び出した彼であるが、実際の所配信者にあまり造詣が深くないのだ。

これには10年後の彼のプライドと嫉妬が原因であると言える。

ダンジョン配信者を見ようとするたびに胃が痛くなり、以来彼はダンジョン配信者というコンテンツそのものを遠ざけてしまっていた。


「とりあえず分かってるのは、撮影用のドローンとその映像を配信する為の魔道具ミーティア化されたパソコンが必要ってことぐらいか」


ダンジョン内は、対外電波が妨害されてしまう。

これにはダンジョン内が亜空間のような空間の歪みによって成立していることが関係しているらしいが、正直よく彼もよく分かっていない。

まあとにかくその対策として、魔術によって電波転移を可能にしていくれている魔道具ミーティアに頼らざる負えないのだ。


「いったんじゃあ、近くのエディ〇ンでもよるか。確か誕生月クーポンとかあるよな。俺、誕生日の次の日位に役所行ったはずだし」


ダンジョンに潜ることが一般的になった昨今では、魔道具ミーティアも普通の家電量販店に売っている。

スマホで最寄りの店舗を探し、彼は家電量販店へと向かった。


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10年前の悠真がいるこの時期は、ダンジョン配信者の数も盛り上がりも今より小さく、所謂黎明期と呼ばれる時期をちょうど過ぎたぐらいの頃だ。

ここから半年後にある大物配信者が行った配信をきっかけに10年後も続くダンジョン配信者ブームが巻き起こったというのが、悠真が朧気ながらに覚えていたことである。

正直、名前とかはあまり覚えていないが。


「――は?パソコンが50万?ドローンも30万?」


頭の中で記憶の整理をしながら向かった家電量販店で見た衝撃的な値札に、悠真の顎は外れかかっていた。

パソコンとドローンを買うのだから、ある程度の出費を覚悟していたはずである。

しかし、それにしたって高い。

10年後の金だけはある悠真にとっては泡銭だが、今は脱サラしたばかりの一般人である。

先ほど来る途中に口座残高を確認していたが、明らかに足りない。


「そもそも俺、給料高くなかったか?」


モテたいの一心を原動力に、高学歴非モテから一流企業非モテへと進化した彼は、金だけは持っているはずである。

それでいて、100万弱の貯金すらないのはあまりにも不可解である。


「……あっ、そういえばそうか。あれってちょうど今ぐらいの時か」


関係性をはぐらかされ、一方的に貢いでしまう毎日。

彼は合コンで出会った女によって手駒にされていた時期があった。

合点がいく、ひとえに自分が馬鹿なせいで今、金がないのだ。


「じゃああれに手を出すのか……いやあれは禁術、使えば破滅は免れない……くっ!どうする」


残された一手を前に、躊躇が上回る。

仕方ない、彼の選択肢にあるのはあまりにも危険な禁術なのだ。

それを使えば破滅、実際多くの屍がこれによって生み出されたと聞いている。

しかし、背に腹は変えられない。

やむを得ない……


「……使うか……………リ〇払い!」


覚悟を決め、悠真はそう呟くとレジへと向かう。

そして現代の禁術に手を染めた彼はドローンとパソコンを小脇に抱えると、家電量販店を後にしたのだった。


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実際80万程度であれば、ダンジョンに潜り続けていればすぐに回収できる。

まだ駆け出し故に直ぐの完済は無理だが、いずれ出来るという見込みはある。

それほどダンジョンというのものは、その懐にロマンを抱え込んでいると言えるだろう。


「――んでだ、初配信って何するもんなんだ」


家に帰宅しパソコンの前に座った悠真は、本日何度目か分からないシンキングタイムに突入していた。

これも偏にコンプレックスで避けていたのが悪い。

取り敢えずパソコンで配信サイトを調べ、ある程度有名な配信者のチャンネルを見て回る。


「……なるほどねぇ、自己紹介動画なんか撮ってる律儀な人もいれば、初配信からいきなりダンジョン攻略の人もいる感じか」


要するに正解は無いらしい。

暫くのネットサーフィンの後、悠真はパソコンを閉じ思案を始める。


律儀に自己紹介でもするべきか、それとも初配信からダンジョンに潜ってしまうのか。

ダンジョンに潜ると言っても、配信者はエンタメを提供するのが仕事である。

探索者の様に普通の格好で普通に攻略していても面白くない。

先程参考に何人かの配信者を見てみたが、語尾などでキャラクター付けをしているもの、魔術を縛って体術のみで攻略をしているもの……あとめっちゃ可愛い女の子が際どい格好で攻略しているものなどがあった。


要は何か個性を持たなければならないのだ。

有象無象にならないように、みんなの記憶に残る様な自分だけの個性を考えなければならない。


「……難しいな!これ!」


正解が無いというのは、勉強ばかりしてきた自分に取って難敵だ。

そういえば恋愛も正解がないものだろう、だとすれば自分は配信者に向いていないのかもしれない。


「っても悩んで頭でっかちになったって仕方ないか!取り敢えずダンジョンに潜っている様子を垂れ流しにでもしとこ」


結論は思考の放棄であった。

百聞は一見にしかず、トライアンドエラーでなんとかしていこうと決めた悠真はそう言うと、善は急げとダンジョンへ向かった。


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あれから1週間が経ち、配信活動はと言うと……


「……はい、じゃあ今日も配信やっていきまーす。……って誰もいないか」


魔道具ミーティアから転送された眼前に広がる配信ステータスを見ながら、寂しそうに悠真は呟いた。


同接0。

これが1週間で得た成果だった。

つまり何もバズることなく、淡々とダンジョン攻略の様子をインターネットに垂れ流す悲しきモンスターと化しているのだ。


「――皆さん見てください!あれ、Cランクのゴブリンの変異種ですよ。意外に強いで有名ですよね」


誰も居ない所に話し続ける虚無感は凄いものがあるが、ここで沈黙を貫くといよいよ自分が何をしたいのか分からなくなる。

取り敢えず、誰か一人でも入ってきてくれた時の為に、悠真は口数を減らさないでいる。


「僕はLv1なんですけど、それでもこのモンスター倒したいと思います!」


ダンジョンというものは不思議なもので、最深部のボスモンスターを倒さない限りそのダンジョンで得た経験値を回収出来ない仕様になっている。

つまり一週間配信と称してダンジョンの入口付近で喋りながらモンスターを狩っていた悠真は、まだLv1のままである。

しかし、彼にはそんなことあまり関係なかった。


「――はっ!!」


勢い良く地面を蹴り飛ばし、一気にゴブリンとの距離を詰める。

魔力の総量は1のまま、それは大した問題では無い。

彼のステータスはリセットされたが、経験や魔力を操作する感覚ごと失った訳では無いのだ。

要は魔力の使い方、どれだけ効率よく魔力を回すかが肝心と言える。


「グルァ!!」


呻き声を上げると、接近してきた悠真に対して、持っていた短刀を首元目掛けて振りかざしてくる。


変異種と通常種の違いはその知能の違いにある。

通常種は棍棒を振りかざすしか脳が無いが、変異種はご覧の通り探索者か配信者が落として行ったであろう武器を使うのだ。

加えて、変異種は魔力を武器に込めることが出来る。

従って、ただのゴブリンだと舐めてかかると痛い目に会うのだ。

だから舐めたマネはしない、一撃で仕留める。


「――おらっ!!」


ゴブリンの剣閃を上体を逸らして躱し、勢いそのままに懐に潜り込む。

先程地面を蹴るために足に回していた魔力を拳に全て乗せ、人類と共通の弱点ーー鳩尾みぞおちに一撃を叩き込んだ。


「……グッ……ァ……」


悶絶したような声を上げた後、目の前のゴブリンは膝から崩れ落ちた。

得物を使っていないので絶命させるには至っていないが、暫くは立ち上がって来ないだろう。


「――皆さん!やりましたよ!!」


その様子を確認した後、悠真は踵を返す。

そして慌てて配信ステータスを呼び出してそう叫んでみるが、同接0の表記は変わらずだった。

自分で言うのもなんだが、Fランクの人間がCランクのモンスターを倒すのはまあまあな偉業だ。

ってか神業の類と言えるだろう。

それでいて誰も見ていないのであれば、配信において内容がどうこうというのは二の次なんだろう。


「やっぱりクリックしてもらえるかどうかだよなぁ……」


サムネイルとかちゃんとしないとなぁ、なんて思案をしながらダンジョンの奥へ歩を進めていく。

その時だった、


「――きゃああああ!!」


暗闇のその先から、鼓膜を劈くような女の悲鳴が聞こえてきたのは。

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