第3話 邂逅(変更有)

「――嘘!?……ここ1階でしょ。なのになんで!?」


地獄の様な光景だった。

いつものようにダンジョン攻略の様子を配信していた少女―― 一ノ瀬 結花は絶望に満ちた表情で絶句していた。



「――なんでこんなところにボスモンスターがいるのよ!」


悲鳴に近しい声で、相対しているそれへと糾弾する。

この混乱の犯人である巨人――トロールは気持ちの悪い笑みを浮かべて、こちらを見ている。

その眼から放たれるとてつもない殺気にあてられて、


「――ヒッ!!」


あまりにも素っ頓狂な声が出る。

だって仕方ない、それほどまでに目の前のモンスターはヤバい。

Dランクの彼女が相対しているのは、推定B~Aランクのボスモンスターだ。

普通にやってはまず勝てない相手である。

一緒に同行していたスタッフも戦意喪失、本来こういった非常事態の為に準備している戦闘担当のスタッフですらその場に立ち尽くしている始末だ。


――死ぬんだ……私


恐怖、ただそれだけが心の中を埋め尽くす。

立っているだけでやっとな程の震えが全身を支配しており、目から自然と涙が零れ落ちる。


:ヤバいヤバいヤバい

:これマズくね!?

:ユイカちゃん逃げて!!


彼女の視界に映り続けているコメント欄は阿鼻叫喚の様相を呈している。


――なんで……まだ始まったばっかりだよ……


田舎から出て夢だったダンジョン配信者にやっとなれて。

最初は上手くいかなかったけど段々とファンの人達も着いてきてくれて……

嫌な事もいっぱいあったけど、念願の企業所属まで決まって。

これからだったのに……

結花の心は悔しさと恐怖で壊れそうであった。


――せめて、スタッフの人だけでも……助けないと……


自分の責任だ、このダンジョンに今日行きたいと言ったのは私なのだ。

だからせめて何の罪もない彼らだけは逃がしてあげたい。

振るえる手足、滝の様な汗。恥ずかしくて仕方のないそれを隠すことすら出来ぬ自分。

身の丈に合わぬ望みであることは重々承知している。それでも――


「逃げ……てください……ここは私が何とかするので……!!」


なんとか振り絞るように、そう告げる。

何とか出来る訳が無い、ただ刈り取られることを待つしか選択肢は用意されていない。

分かっていてもやらなきゃいけないんだ、そう自分に言い聞かせ、すでにあまり感覚のない右手で刀を掴む。


「――グルアアアア!!」


その様子に気付いたトロールは雄叫びと共に、一気に距離を詰めてくる。

出来合いの覚悟なんかじゃ歯が立たない覇気を有して迫りくる巨人。何とか刀を前に出すも、それを振り上げる精神力は残されていない。


――あの刀が握れればな……


出来もしないこと思いを馳せ、自らの命が残り数秒であることを悟る。

その時だった。


「――間に合ったああああ!!」


一人の青年が疾風が如き速度で、どこからともなく現れたのは。

========

トロールが振り下ろした大鉈は弧を描き、一人の少女を絶命させる――筈だった。


「――間に合ったああああ!!」


悠真は少女を抱えると、その勢いのまま大鉈の射程圏外まで飛び出した。

後方で轟音が響き、ダンジョンの石畳が粉々に砕け散る。


「大丈夫ですか?って失神してる……当たり前か」


少女を見ると、力なく自分の腕に収まっている。

仕方ない、こんな化け物に襲われて気を平常に保て奴の方がイカれているのだ。

とりあえず少女を壁際に避難させ、悠真はトロールに向きなおす。


「――どういう状況だ?あり得ないだろ、こんなこと……」


悲鳴の聞こえた方にすっ飛んでみれば、トロールと相対する少女と壁際でワナワナしている人たち。

まったくもって理解できない。人の方はさておいたとしても、トロールがこんな所にいる筈がないのだ。


それは経験則上有り得ないこと。

このダンジョンは上に積み重なった数多の層によって構成されている。

こういう形のダンジョンの場合、ボスは最上階にいるのが定石だ。

探索者達に追い立てられて中層まで降りてくるなんて事はあったりもするが、ごく稀。

ましてや1階まで降りてくるなんて、聞いたこともない。


「その辺は後で考えますか……一旦は……」


こんな時に原因究明している暇はない、悠真は頬を叩くとトロールの方に視線を向けた。

自分の見立てではあれはBランク、発している魔力の総量を鑑みるにその中でも比較的上位の魔物だろう。


元来のランクシステムは、様々な評価点があるものの、本人のランクはどのランクの魔物を狩れるかに依存している。

要するにCランクの探索者ならCランクの魔物なら倒せるだろうという具合だ。


そしてそのランクにも一種のラインのようなものがある。


――Bか……めんどくさいな


CとBランク。この差はただ一つのランクの差などでは無い。

世間ではCランクは才覚の無いものの最終到達地点と言われている。

つまりBランクというのは高い素養を持った人間が必死に努力をした結果、初めて狩る事が出来るぐらいの存在と言うことだ。

足りていないステータスで何とかなるかどうか。悠真は数年ぶりに緊張を感じていた。


「――ガァ!!」


短い雄叫びと共に振り下ろされる大鉈は魔力が込められており、触れば一溜りも無い。


「おっと!」


地面を思いっきり後ろへ蹴り飛ばしなんとかそれを避ける。


――武器が欲しい所だけど……


悠真の本職は長物を用いた剣術だ。

先程のようなステゴロで戦いは、正直向いていない戦闘スタイルなのだ。

Cランク位ならゴリ押しは効くが、Bランクともなれば話は別だ。

どうしようか……


「ガア!ガア!ガア!」


思案の最中にもトロールは大鉈を振り下ろし、何度も地面にそれを打ち付ける。

その度に地面がえぐれ、その衝撃波が頬を掠める。

こんなやつに負ける悠真ではないが、今の出力では火力不足だ。

なんて変わらない戦局に頭を悩ませていた、その時だった。


――あれは?


妙な気配を感じ振り返ると、そこにはたくさんの荷物があった。

おそらく彼女たちのもの、しかしその中にひとつ様子のおかしいものがある。

それは一本の刀だ、しかし刀と形容するにしては余りに可愛げがないものを放っていた。


「そこの人!!それこっちに投げてもらえませんか、その刀」


絶えず繰り出されるトロールの攻撃をいなしながら、悠真は近くの男に話しかける。

それはこの膠着状態を打破できる切り札になりえるものだ。

ガタガタと震えている男はその声にハッとすると、必死の形相でこちらにそれを投げ込んでくる。


――マジかよ!?



足先に引っ掛けて落ちた刀を拾い上げ、その感触を確かめた悠真は余りある衝撃にさいなまれていた。

理由は明白、この刀にある。業物には魔力が宿るなんて巷ではよく言われていたが、それにしてもこれは想像以上だ。

急いでステータスを確認すると、


『魔力:1800/1』


そこには明らかに異質な魔力値が示されている。


――誰が打ったのかは知らないけど、こんな刀俺も知らないぞ


物に宿るにしては余りに多い魔力量。

その出自が気になる所ではあるが、いまは早急に片を付けた方がよさそうだ。


「――来いよ!!」


「ガアアアアアアアアア!!」


刀のヤバさを察知したのか、これで終わりと言わんばかりに先程までとは桁違いの魔力を込め、大鉈が振り下ろされる。

しかし、悠真は避けようとしない。

立ち尽くし、ただ攻撃の軌道に刀を添えているだけ。


「グァ!?」


得物同士が触れ合う瞬間。

金属と金属が触れ合う特有の甲高い音がダンジョン内に響き渡った後、トロールは聞いたこともない素っ頓狂な声を上げる。

それも当然のこと、なにせ、


「もろいな、それ……ちゃんと手入れとかした方がいいぞ」


ぶつかり合った筈の大鉈は、粉々に砕け散っているのだから。

砕け散った自らの得物に気を取られている隙に、悠真は相手の死角へと入り込む。


――そういえば配信回しっぱなしだったな……なら少しだけ格好つけるか!


普段の悠真であれば、相手の背後から絶命に必要な最小限の魔力で確実に急所を一突きしていただろう。

それが探索者としての正解だ。

だが今は配信者、同じ決着でも魅せる必要があるだろう。ならば、


――まだ魔術が1つもないのが心惜しいけど


「はあああああ!!」


代わりに今出来る最大出力の魔力を刃先に込める。

正直オーバーキルだとは思ってはいるが、まあ良いだろう。


悠真はトロールの背中をかけ登っていく。

高度な魔力操作により、足裏に魔力を纏うことでトロールの体と接着させて一気によじ登った悠真は、あっという間に10メートルはあろうかというその巨体の頭上に飛翔していた。


「――チェック・メイトだ!」


考えに考え抜いた悠真が思う最強の決めゼリフと共に、振り下ろされた刀身は脳天から順にまるで紙でも切るかのようにその長駆を真っ二つに切り裂いていく。

それは勢いそのままに石畳まで到達し、有り余った魔力はけたたましい轟音と共に周囲の床という床を全て粉砕するというおまけまで生み出したのだった。


(一年越しと遅くなりましたが、元々のものをベースに改稿していきます。長い間お待たせして申し訳ございません。ここから既に読まれている方が知っている展開とは異なる可能性がございますが、ご了承いただけると幸いです。)


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ランクリセットしたダンジョン配信者ーSランクダンジョン探索者としてやる事が無くなったのでFランクからやり直しますー 菜月 遊戸 @nazukiyuuto

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