第22話 救命

何をしていたんだっけ。

ああそうだ、昨日は気付いたら彼の前に居たのだ。

手元には身に覚えのない衣服とお金があって、咄嗟に渡さなければいけないと思ったからそれを渡した。

今日は気付いたらここに居て、まだ言っていなかったからMeiriaのメンバーにお別れを言った。

直接会ったらダメだと思ったから電話でそれを伝えて……

指折り数えながら記憶を辿っていくが、結花が覚えている事実は片手で事足りる程しかなかった。

記憶が混濁している、リナと配信してから数日間の記憶が飛び飛びで、自分でも自分が何をしていたかあまり覚えていない。


この感覚は二度目だ。

一度目は父を目の前で失ったとき、その瞬間からの記憶がまるで足りないパズルのピースの様に断片的で、自分があの後どこに行ってどんな行動をとっていたのか、今でも良く分かっていない。

まるで自分じゃない誰かが自分を演じていたかのようなそんな感覚、もう一人の自分が結花に内包されているかの様だった。

そんな彼女がここに来た意味、結花は漠然とそれを理解していた。


「――ここが死に場所ってことでいいんだよね……」


眼前に広がるのは天高く聳え立つダンジョンだ。

その特徴的な外見からここが越谷第1ダンジョン、関東でも指折りの高難度ダンジョンであることは容易に判断できた。

彼女はここを自らの死地にしたのだ、自分ではないが自分でもある。

そんな不思議な関係が、結花に彼女の行動を理解させたのだ。



「お誂え向きだ」


彼女のセンスはいいと思う。

強さを求めた人間が強さの象徴のこのダンジョンで、己の無力に殺される。

自分の末路としてこんなにも相応しいシナリオは無いだろう。

醜く、愚かしく、その人生を終えるのだ。


「行こう……」


早く行かなければならない。

先ほどの電話で結花が消えるべき理由も増えたのだ。

結花は歩を進める、片道切符のダンジョン探索が始まろうとしていた。


========

「――離せってカシマ!!あんなの聞かされて居ても立っても居られねえんだ」


とてつもない焦燥感にあてられて、リナは事務所を飛び出そうとしていた。

だがカシマがそれを制止している。


「待ちなさい……大体場所が分からないというのに、あなたどこに行くつもりなの?」


「それは……」


リナはカシマの指摘に言い淀んでしまう。

実際飛び出したとして行く当てがないのは事実だ。

感情が先行しているだけの何の意味もない行動だということはリナが一番わかっていた。


「じゃあここで指咥えて待たないといけないってのか?」


「そう言っている訳ではないわ。一刻を争う事態だから慎重にいかないといけないという話をしているの」


カシマの言っていることはぐうの音も出ない正論だ。

彼女はリナより年下だが、その達観した物事の見方は既にリナよりも数段大人びたものと言えるだろう。

そんな彼女に諭されて、リナもおとなしく黙るしかない。

会議室に沈黙が訪れる、ほかのメンバーも心ここにあらずといった表情で頭を抱えている。

数十秒の静寂、それを破ったのは一人の男だった。


「――お電話です!!至急ユウマさんという方がユイカさんの件でカシマさんに繋いで欲しいと!!」


勢いよく開かれた扉からそう言って入ってくるのは、スタッフだ。

彼の手にはおそらく保留中の固定電話の子機が握られている。

カシマはスタッフから急いで子機を受け取ると、スピーカーモードにして応答した。


「――もしもし」


『ユウマです!!ユイカの居場所が分かったので今すぐ向かって下さい!!』


待望の情報の到来に、途端会議室がざわめきだす。

そんなメンバーたちをカシマは手振り一つで静まらせ、電話先のユウマと話し始めた。


「細かいことであなたに聞きたいことは色々ありますが、今はいったんおいておきましょう。ユイカはどこですか?」


『越谷第1です!!今事務所にいるんですよね、なら僕よりも早く到着できるはずです!!』


電話越しのユウマは走っているのだろうか、細かく息を吐きながら必死にそう叫んでいる。


――それはマズいだろ……


隣で聞いていたリナに緊張が走る。

越谷第1は高難度のダンジョンとして有名なダンジョンだ。

推奨ランクはA、ユイカどころかリナですら攻略できるか分からない代物なのである。

それが意味することは、あの電話でうすうす感じていた彼女の死が現実になろうとしているということだ。


「分かりました、すぐに向かいます。……情報提供感謝します」


カシマはそう言うと、電話を切った。

その瞬間会議室のメンバー達が立ち上がる。

当たり前だ、みんな居ても立っても居られない気持ちは同じなのだ。

リナも同様に急いで向かおうと、会議室を出ようとする。


「――ユイカの元へは私とリナで行きます。皆さんはここで待機を」


そんなメンバーにカシマはそう告げて、会議室から出ていこうとする。

だが、それをメンバーが許す訳は無かった。


「待ってください!!私達も行きます!!ここで待ってるだけなんて……私」


他のメンバーからも同様の声が上がり始める。

当たり前だろう、リナがそちら側の立場に立ったならそんな判断を下したカシマに同じことを言うはずだ。

だがカシマの言っていることは理にかなっている。

ここにいるメンバーの最高ランクはBのリナとカシマだ。

ランクが全てという訳ではないが、現状この中で越谷第1に挑むことが出来る最低限を超えているのはリナとカシマぐらいなのだ。

だから、ほかのメンバーを連れて行くわけにはいかない。言葉を選ばなければ守るべき対象を増やすことになりかねないのだ。


「――本当に彼女を助けたいのなら!!ここで待っていてください!!」


普段からは到底想像できない怒気の籠った大声で、カシマは彼女達にそう言い放った。

瞬間皆が察していく、カシマが最善を尽くそうとしていること、そしてその最善に自分たちが邪魔になることを。

理性と感情の板挟みになって険しい表情を見せる彼女たちを尻目に、リナはカシマと越谷第一ダンジョンへ向かうのだった。


(お知らせです)

本当に申し訳ありませんが、この話をもって休載させていただきます。

詳しくは近況ノートをご覧下さい。

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