第20話 一ノ瀬 結花失踪事件

「――ユイカとまだ連絡がつかないってどう言うことだよ!!」


「落ち着きなさいリナ、マネージャーは何も悪くないでしょう」


ユイカの担当マネージャーに掴み掛かるリナを、カシマは静止する。

「それもそうなんだけどよ」と不満げにリナは彼の胸ぐらから手を離した。

場所はMeiriaの事務所、数ある会議室の内の一つでそれは行われている。


「連絡を取ろうとはしているのですが……一向に繋がる気配が無くて」


ユイカのマネージャーは申し訳なさそうにそう言っている。

あれから数日が経ち、彼女たちの捜索も虚しく一向に結花は見つかっていなかった。


「あのダンジョンに置いて帰った訳は無いよな」


「くまなく探したもの、流石にそれは無いわ」


「私もずっと何も返ってこない……いつも早いんだけどねユイカちゃん」


そう言うのは、オーバーサイズのパーカーに包まりながら会議室の椅子に体育座りをしている少女――マユだ。

アルビノ故の白髪と透き通った肌、青く澄んだ瞳は彼女をどこか幻想的な雰囲気に仕上げている。

そんな彼女もMeiriaのメンバーであり、この会議室には彼女以外にも大体のメンバーが勢揃いしている形だ。

メンバーがいなくなるという緊急事態にマネージャーと残りのメンバーが集まっている。


「うちもなんの音沙汰もないわ、前まで普通に喋っとってんけどな」


「僕も同じです……」


紫色の長髪を靡かせる関西弁の少女――ホムラがそう言うと、横に座っていた赤髪を短く整えたどこか幼さの残る少女――レンがそれに同意する。

二人に続いて、残りのメンバーからも同様の声が聞こえてくる。

要するに誰も連絡が取れていないということだ。


「――探すにしても……もうあてがないわよ」


「思いつく限りの場所は行ったしな……」


ここ数日、リナとカシマはユイカの家は勿論、彼女が行く可能性のある所は虱潰しに訪れていた。


「あの子が行きそうな場所、何か分かる子はいる?」


「――あ、あの、あの子は……休日よくダンジョン跡地にいるって言ってました……」


オドオドとした様子でそう答えるのは、目が完全に隠れるほどの前髪を持った少女ーーレイだ。


「うーん、流石にこの状況で跡地に行くとは思えないけど……他に何かある人?」


「そもそも家にいない、連絡もない。それなら彼女は自らの意思で逃げた訳でしょ?ならもう探さない方がいいんじゃないの?」


そう言うのは大きな丸眼鏡を掛けて、浅葱色の髪を後ろで束ねている少女ーーミラだ。

その言葉に反応したのは、リナだった。


「ミラお前なあ、なんでそんな冷たい事言えるんだよ!」


「冷たいことと言うか……彼女が私達から逃げたいと意思表示しているにも関わらず、それを追うことが果たして彼女のためになるのかと言う話をしているんです」


「ユイカが俺らから逃げるって、本当にそう思ってんのか?」


「……思ってる訳ないじゃ無いですか!!私だってユイカのことは可愛がってましたし、そういうことを嫌う子だってのも分かってるんです。でも状況だけ考えたらそうじゃ無いですか!」


普段冷静沈着なミラが語気を荒げているのを見て、リナも「悪かったよ」と頭を下げる。

彼女もリナも、他のメンバーも。ここにいる全員がユイカの身を案じているのだ。



「――ねえ、みんなこれ見て!」


突如そう言って、先程までスマホを弄っていた茶髪でボブの少女ーーヤマがその画面をカシマに向けた。


「これって昨日の呟きよね?」


「おいおいマジかよ……」


『これってユイカちゃん?横にいる男もユウマっぽいし、裏で付き合ってんのかよ!』


ヤマが見せてきたのはそんな本文が添えられたSNSの呟きだった。

下には隠し撮りされたユイカとユウマが二人並んでショッピングしている写真が写っている。

投稿されたのは昨日のこと、つまり連絡がつかなくなった後のことだ。


「男とデートしてたって……んな訳ないやろ……」


「ユイカちゃん……嘘だよね?」


各々声を上げるが、皆の表情は一貫して信じられないというものだ。

だってそうだ、彼女達はこの半年弱の間ユイカを1番近くで見てきたのだ。

その実直さも、その勤勉さも、その責任感の強さも身を持って知っている。

だから信じられるはずがない、アイドルとしてのタブーを犯して彼女が逃げる筈ないのだ。


「どうなってんだよ!!俺分かんねえよ……」


「あなたは少し落ち着きなさい……とにかく無事だというのが分かって良かったわ。じゃあ、――」


「皆さん静かに!!ユイカさんから着信です!」


突如声を張り上げたのは、ユイカの担当マネージャーだ。

静まり返る室内、マネージャーがスピーカーモードでその電話をとる。

途端、電話先のユイカは徐に話し始めた。


『連絡が遅れてごめんなさい、みんなに迷惑掛けちゃった……』


「そんなことない!!ユイカ!お前今どこにいるんだよ!!」


『あれ、リナさん……そっか生きてたんだね、良かった……』


電話越しの声が鼻声になる。


「ユイカ今どこにいるの?迎えに行くわ」


『カシマさんも……って事はメンバーみんないるの?』


「いるぞ」、「いるよ」と各々が彼女の問いに返答する。


『そっか…多分私の為だよね。ごめんなさい』


「気にすんなって!!だから早く帰って来い!」


『ごめんなさいリナさん……私もうMeiriaには帰らない』


場がどよめき、全員の顔に焦燥の色が強くなる。

状況証拠だけだったその事実に本人の証言が加わり、現実となったのだ。

この場にいる誰もが縋りたかった希望を断ち切られ、一同動揺を隠せないでいる。


『私がいるとダメなんだよ……私がいるとみんなを苦しめるの』


「そんなこと……」


『ある!!今回は助かったかもしれないけど……いつまた私のせいで迷惑かかるか分からない……』


「お前……あの変なマスクの男のこと知ってるのか?」


リナが考えた仮説、それはあの謎の男とユイカに関わりがあることだ。


『やっぱり……そうだよね。……じゃあ皆にはもう会えないや』


リナの仮説は肯定されたが、彼女の焦燥は深まる。

ユイカの今の言葉はそうであって欲しくなかった事実がそうであると確定したような反応だ。

だとすれば今ある覚悟の背中を押す結果になったかもしれないのだ。


「そんなこと言うんじゃねえ!!」


「事情は私達が聞くわ、だから!!」


「待ってユイカちゃん……!!」


皆から声があがる。

全員分かったのだ、これを逃すともう二度と会えなくなると。

だから皆が必死に繋ぎ止めようと叫ぶ。

しかし……


『みんな大好き……さよなら』


引き留める言葉は届かない。

その言葉を最後に彼女との通話は一方的に切断された。

沈黙だけが流れる会議室にはただ重苦しい空気だけが充満していた。


========


『11月15日21時頃、埼玉県越谷市越谷第1ダンジョンにて、女性一名の遺体が発見されました。死因はダンジョン内の魔獣による刺殺であると見られています。警察の捜査によるとその魔獣から魔術痕と見られるものが検出されており、他殺の可能性もあるとして捜査が進められています。また女性はユイカという名義でダンジョンアイドルとして活動して……』


「――俺は何で!!」


夢から覚め、ベッドの上から急いで飛び起きる。

体に纏わりついてる汗の量は尋常ではない、しかしそんなことを気にしている場合ではない。

とてつもない速さで脈動する心臓と共に急いで支度を始める。


――何で覚えていなかった!何で今の今まで気付けなかった!!


時計を見る針は双方が12を指している。

タイムリミットが刻一刻と近付いているのだ、支度をする手すら若干の震えを帯びている。

逸る気持ちを押さえつけ何とか支度を終わらせると、玄関へと向かう。


「――俺が必ず……」


扉を閉めると、大慌てで階段を下っていく。

絶対に何とかしなくてはならない、絶対に守らなくてはいけない。


2053年11月15日、今日はダンジョンアイドル一ノ瀬 結花の命日だ。

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