第19話 最期の幸せ

「――なあカシマ、ここに置いて来たんじゃなかったのか?」


「おかしいわね……確かにこの辺りだった筈なんだけど」


謎の男との邂逅の後、結花の元に駆けつけた二人は辺りを捜索していた。

カシマはダンジョンの安全圏と言われている階段付近で彼女を気絶させた筈なのだ。

しかしその場所にいない、ましてや彼女の荷物といった痕跡すらない。


「あいつに攫われたか?」


「可能性はあるけど一応加護はかけていたし……私の加護を破ってこの短い時間でユイカを誘拐して逃げ切るなんてあり得る?」


「――ないな」


カシマの加護は害をなすものに対して、自動的に保護してくれる魔力の盾のようなものなのだ。

あれの突破にはリナであっても相当手こずる為、瞬時に破壊し誘拐するというのは現実的に考え難い。

それに、


「あいつはユイカの刀を狙ってた、だからユイカ自身を攫う理由はねえし……」


「――ならあの子一人で帰ったと見るのが妥当だけれど……今のあの子を一人にするのは危険よ、それならすぐ追わないと……」


「そんな事は分かってる……」


彼女の様子は異常だった。

切羽詰まった表情、そしてあの行動。

カシマが止めなければ十中八九死んでいただろう。

だからこそ、二人に緊張が走る。


「俺は上層階を探してくる!!運営に報告と下の階の捜索は頼んだ!!」


「分かったわ」


そう言うと、二人は別れ探索を開始する。

しかしどれだけ探しても結花が見つかることは無かった。


============

「ここのパンケーキ食べたかったんですよね!!んー美味しいです!あ、悠真さんもどうぞ」


「ああ……ありがとう」


渡されたパンケーキを口に含みながら、悠真は違和感に襲われていた。

時刻は昼前、玄関先で半ば無理矢理誘い出されてから数時間が経過した所だ。

どうやらここは結花がSNSで知ってから行きたかった店らしく、悠真は連れ添っている形だ。

所謂バズっている店という奴であり、店内は映えを気にした若い客で溢れかえっている。

悠真はそんな中若干の肩身の狭さを感じながら、結花と向き合って座っている。


――何か変だよな……


悠真が覚えている違和感、それは彼女の全てだ。

第一に礼儀正しい彼女が何の連絡もなく悠真の元に来たこと、第二にいきなり連れ出したこと、第三にその態度がどこかぎこちないこと……

言い出すとキリが無いが、今の彼女は少なくとも悠真の知っている彼女とは違う。


――聞くしかないか


覚悟を決める。

彼女から言い出さないのであれば、こちらから聞くしかない。

そう思って、悠真は切り出した。


「あのさ……今日はなんで誘ってくれたんだ?普段忙しそうだったし、今日もほら学校とか配信とか……」


「ん?ああ、今日はいいんです。私暇になったので」


はっきりと快活に受け答えする彼女、しかしその裏にある何かに悠真は引っかかる。

何かを隠している、悠真の勘がそう言っているのだ。


「そっか、ならいいんだけど……あのさ、唐突なんだけど最近悩み事とかない?」


「んー、特にないですかね。あったんですけど無くなったていうか……まあ、大丈夫です。それより悠真さんは無いんですか?配信者としては私の方が先輩なので何でも聞いてくださいね!」


そう言うと軽く胸を叩き、こちらにドヤ顔を見せてくる。

どうやら何も言う気はないらしい。


――聞くこと自体野暮なのか?


彼女は完全にそれを隠そうとしている。

ならば無理に探ろうとすることが果たして彼女の為になるのだろうか。

導き出した結論は悠真にそれ以上の言及をさせなかった。

そこからはとりとめのない話が暫くが続き、


「あっ!!食べ終わっちゃいました!悠真さん次行きましょ次!!」


「分かった、じゃあ会計行ってくるよ」


「ダメですよ!!私が払いますから!!」


そう言うと彼女は悠真から伝票を奪い取って、足早にレジへと向かった。

一応女の子と二人の食事である以上自分が出さない事に心苦しさを覚えるが、先日のキッチンの一件がある以上少しは彼女を立ててあげる必要があるだろう。

悠真はそう思って、その厚意に甘えることにする。


「払ってきました、行きましょう!!」


「ご馳走様、ありがとうね」


感謝を伝えて、悠真は彼女の次なる目的地へと同行する。


「――着きましたね、見てください凄い大きいですよ!」


「確かに、こんなの一日で周り切れるのか?」


「やる気次第ですよ!さあ、行きましょ!」


電車とバスに揺られて一時間と少し。

悠真達が次に向かったのは、アウトレットパークだ。

数々のファッションブランドが安売りをしているここは、休日にもなると家族連れやカップルでごった返すらしいが、今日は平日ということもあって比較的空いていた。

気分が浮き立っている彼女に連れられて、悠真も中に入っていく。


「ああ!!ここのブランドの新作出てますよ!ってうわ10万ですか、セールも対象外ですし……流石って感じですね」


正直女性のファッション、というかファッション全般がよく分かっていない悠真にとっては、ブランドの良し悪しや値段帯等が理解出来ていない。

従って彼女がただ行きたいブランドを巡るのに同伴して、「いいと思う」というだけのBOTになっていた。


「どうですか?似合ってます?」


「うん、とても似合ってるよ」


試着室のカーテンを開け、ファッションショーのランウェイのようにポーズを決める彼女。

着ている服はガーリーな雰囲気が漂う黒を基調としたワンピースだ。

彼女の整った顔立ちとスタイルの良さもあって、その服は彼女の魅力をさらに引き出していた。


「本当ですかー、悠真さんにそう言われたら私これ買っちゃいます!!」


「ちゃんと値段見たのか?ここ結構高くつくと思うけど」


悠真の賛辞に気を良くして即決しようとする彼女を制止する。

入り口から試着室に到着するまで、悠真は何点かの商品の値札をチラ見していた。

そこから察するに、おおよそ高校生がパッと手を出せない買い物であるということは想像がつくのだ。


「うわっ!!凄!!……でも買っちゃいます!……最後なので」


「本当に大丈夫か?無理だったら俺が払うけど」


「絶対にダメです!!買ってもらう理由が無いので」


断固拒否され、彼女はカーテンを閉め服を着替え直すと商品を持ってレジへと向かった。

大丈夫だろうか、彼女はアイドルだから勿論一般の高校生より財力はあるはずだが、少し心配にはなる。

そんな悠真を尻目に会計を済ませた彼女は、嬉しそうにこちらへ帰ってくる。


「せっかくだからこれ着て行きます!」


そういうと再度試着室に入り、自分の服となったそれに腕を通して出てきた。

よっぽど気に入ったのだろう、特に自分は何もしていないがこうも喜ばれると少し嬉しくなる。


「じゃーん!!どうですか似合ってます?」


「うん、可愛い」


「……そ、そーですか!良かったです……じゃあ行きましょ!!」


同じ服であるのに2回目の感想を求められ、悠真は咄嗟に本心を口走る。

それに何故か焦った様子の彼女はそういうと、そそくさと店を飛び出した。

急な態度の変動に戸惑いながらも、悠真は店を出る。





「――いやー疲れましたね。大量ですよ!付き合わせちゃって申し訳ないです」


「それはいいんだけど……何回も言うけどそんなに買って大丈夫なのか?」


日も沈みかけた頃、悠真達は帰路に着いていた。

彼女の両手には頑なに持たせてくれない大きな紙袋が大量にある。

それら全てがここで買った衣服であり、いくらアウトレットといえどその値段はそれなりにする筈なのだ。

それでいて彼女は満足げな表情を浮かべている。


「大丈夫ですよ。……あ、あとこれ、キッチンの修理費用に充ててください」


そう言って彼女は自分のカバンの中から茶封筒を取り出す。

受け取った瞬間それが何か分かる、札束だ。

しかも分厚さから相当な額ということも分かる。


「前も言ったけど受け取れないよ、しかもこんな額」


「受け取って下さい……私のことを思ってくれるなら」


返そうと出した手を押し返され、彼女の顔を覗くと真剣な眼差しでこちらを見ている。

これは断りきれない目だ、悠真の本能がそう言っていた。

年下の、もっといえば女子高生からこんな大金を受け取るのは本当にいい気がしない。

でも受け取らなければ彼女はもっといい気がしないのだろう。

悠真は渋々カバンの中に封筒を入れた。


「これでもう……」


「ん?何か言った?」


「いーえ、何も。じゃあ私はこっちなので」


彼女は別れ道でそう言うと、そちらの方に数歩進んでこちらに向き直した。

そして、


「今日は楽しかったです……本当に……幸せでした」


何故か感極まった表情の彼女はそう言って頭を下げると、踵を返して自宅へと向かう。


「………」


声をかけようとするが、その言葉は喉元で突っかかる。

かける言葉が見つからないのだ。

彼女が事情を吐露したがらない以上、自分に何が出来るのだろうか。

手を差し伸べたい、だがそれ自体が独善的な行為なのではないだろうか。

結局悠真は葛藤の末、その後ろ姿を見届けることしか出来なかった。



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