第17話 コラボ配信 part4

踏み出す一歩が余りにも苦しくてたまらない。

重く圧し掛かる負の感情の詰め合わせは、過積載となって彼女に襲い掛かる。


「私は……私は……」


響く轟音に聞こえないふりをして、結花は出口へと向かっていく。

その足は何の負傷をしている訳でもないのに余りに重い。

前を向かなくていけない、そうだそう誓った、分かっている筈なのに。


「何なんだよ!!なあ!!……一ノ瀬 結花!!お前は何がしたいんだよ!!」


リナと別れた時、配信は既に終了させていた。

だからこれは彼女による彼女に向けた糾弾だった。

自分は何がしたいのだろうか、逃げて、逃げて、また逃げて。

結局変わらない、何度も、何度も、何度も……


「また……またそうやって……」


いつ何時も、誰かに庇われて死にぞこなうのだ。

痛い、痛い、痛い。心が痛くてたまらない。

近付いたと思った彼女の背中が、あっという間に遠くなる。


「……同じことばかり繰り返して!!」


ここらが潮時だろうか、いっそすべて投げ出してしまえばいい。

このままのうのうと生きていたところでどうせ変われない。

彼女の様にも、彼の様にもなれないのだ。


きっと彼女は自分を見捨てた訳ではない。妥当、至極真っ当な判断を下しただけなのだ。

それが故に苦しい、分かっている筈なのだ、彼女の足手まといになることぐらい。

身の丈だって弁えて居るつもりだ、それでも尚事実だけが結花を苦しめる。


「私は……あの時から……何も変わっちゃいない……」


眼から溢れ出したそれが、喉元を伝っていく。

それすら憎らしい、なぜ泣いているのか、泣く権利すらないはずなのに。

彼女の心は、刻一刻と崩れていく。

今まで寸前で保っていた感情の濁流が、栓を抜いたように流れ出していく。


「ずっと……そうだ……誰かに縋らなきゃいけない人間の癖に!!一丁前に自分自身を一人の人間だと勘違いして!!お前は!!……お前は!!」


何が美学だ、誰の手も借りないようにあがいてみた所で何も変わらないだろう。

才のない人擬きの分際でやり方にこだわるなんて、見苦しくて仕方がない。

何振りかまってこなかった今までの人生が恨めしくてたまらない。

折れた心は歯止めが利かない、瀬戸際のその言葉を吐き捨てることに躊躇がなくなってしまった。


「――何にも……なれない癖に!!」


これが事実だ、紛うことなき真実だ。

どう藻掻いても変わらない、初めから知っていたそれは敢えて口にしないようにしていた。

うすうす気付いていたのだ、だから言わないことで何とか自分を保っていた。

それを口に出し自分に言い聞かせて仕舞えば、もう立てなくなることが分かっていたのだ。


だがもういい、もういいのだ。

立つ必要がどこにある、自分が立とうが諦めようがこの世界はなにも変わらない。

意味がない、自分が存在していても結局は誰かに不幸のしわ寄せが来るだけ、自分じゃない誰かの害でしかないのだ。

結花はおもむろに座り込むと、刀を鞘から引き抜いた。


「……ごめんなさい、スタッフのみんな…リナさん……」


自らの腹に刀を構える。

ここで死んでしまえ、お前に生きる意味なんてない。

心の底からそう思った、自らの価値をようやく悟ったのだ。

出来る限り苦しんで無様にのたうち回ってそれで……

晴れる筈のない自らの罪の清算だと、そう思った。


「……そしてお父さん」


謝るべき相手の列挙し、刀を自らに振り下ろす。

その刀は確かに鮮血を伴った。

しかし、それは結花のものではなかった。


「……カシマさん……なんで?」


「申し訳ないんだけど時間が無くて……ここは安全だしちょっとだけ寝ててね」


素手で刀身を鷲掴みにしている彼女はそう言うと、持っていた刀の柄で結花の項を一突きした。

途端結花の意識は、暗闇の中に吞まれていった。


=======

――「今度ユイカと配信するんだけどさ、もしかしたらお前が必要になるかもしんねえんだよ。だからなんかあった時の為に近くにいてくれねえか?」


「まあ別にいいけど、あなたが付いてたら問題無いんじゃないの?」


「そうなんだけど、そうじゃないんだよ。なんかこう、俺の第六感がヤバいって言ってんだよ」


「そう、あなたの勘は案外当てになるし……了解。じゃあ近くで配信見て待ってるから」


「わりぃ、助かる」





「あなたの勘って凄いわね……正直引くレベルよ」


瓦礫に空いた穴から入りながら、カシマはそう呟いている。


「……それ褒めてんのか?」


「微妙な所ね、ーー修復リペアリング


彼女が行使した魔術の対象はリナだ。

光に包まれた瞬間、リナから流れていた鮮血がピタッと止まる。

それと同時にリナの身体に纏わり付いていた鈍痛も姿を消した。


「お前の魔術って本当凄いよな、もうピンピンだよ」


立ち上がって軽く飛び跳ねているリナは、嬉しそうにそう言っている。


「あなたも大概だと思うけど……まあ、そんな無駄口叩いている場合でも無いか……」


それを軽くあしらったカシマは、目の前の敵に視線を移した。


「――お前か?私のメンバーに手を出したのは?」


途端、表情が変わる。

今まで隠していた怒りの感情が、その声色の節々からも溢れ出していた。

あまりに冷たく淡々とした物言いは、リナですらゾッとするものだ。


「そうだって言ったらどうするんだ?アイドル風情に何が出来る?」


それに気圧される事無く、男は挑発的な態度で迎え撃っている。

冷え切った空気が、空間を支配していた。

しかし、


「……なんてな、辞めだ 、辞めだ。流石にお前ら二人を相手にするのはコスパが悪いって」


いきなりその空気を壊したのは、男の方だった。

両手を上に挙げて、降参の構えをとっている。


「……なんのつもりだ?」


「なんのつもりも無いよ、別に。ただ面倒臭いから辞めにするってだけ」


「俺らから逃げ切る算段でもあるのか?」


リナはそういうと、魔力を練り始める。

それに続いてカシマも抜刀し、臨戦態勢に入った。

その時だった。


「まあ、また機会があれば戦おうよ。――縮地」


「は?消えた?」


「今のは魔術…のはず……よね」


魔術を行使する寸前には、他者からも視認出来るほどの魔力の揺らぎが生じる。

しかし目の前の男は詠唱の直前、いやその後ですら一切の揺らぎを見せずにその場から消えたのだ。

静寂に包まれたダンジョンで、2人だけが取り残された格好だ。


「……あいつ何者だ?」


「分からない……けどとりあえず、ユイカの元へ行きましょう、心配だわ」


「それもそうだな、急ぐぞ」


謎は謎のまま、しかし今出来ることをしないといけない。

二人の思いは完全に一致し、目を合わせると急いでダンジョンの出口へと引き返して行くのだった。


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