第16話 コラボ配信 part3

「――お前、凄いな。そんな距離から俺に気付けるなんて」


そんな言葉と共にリナの前に姿を現したのは、一人の男だ。

その姿は黒いマントにペストマスクという、ほとんどペスト医師と違わぬものあった。


「随分趣味の悪い格好だな、中学生からセンスが止まってんじゃねえか?」


そう軽口を叩くリナだが、その内心は焦燥に駆られている。

眼前の男、こいつがユイカを逃がした原因だ。

なにせ、


――なんだ?あの魔力……見たことねえ


男に纏わりついている魔力が、普通と明らかに異なるのだ。

その魔力は明らかにどす黒く、それでいて異常なまでに多い。

明らかに異質な存在、故にリナの経験が警鐘を鳴らしているのだ。

この男は自分と敵対しているのだと本能が訴えかけて来ている。


「――お前も運が無いよな、ドローンがこっちあれば、俺はここに姿を現したりしなかったのに」


後ろを振り返ると、撮影用ドローンがいない。

本来コラボの際は、お互いが撮影用ドローンを持ち寄ってそれぞれ自分を追従させて配信するのが通例だ。

しかしリナは持ってくるのを面倒くさがったため、今日の配信はユイカの追従のみである。


「カメラの前だと緊張する感じか?あがり症は大人になる前に治した方がいいぞ」

「言わせておけば……まあいい、お前に要はない。さっさと殺してあの女の元へ行かしてもらう」


――速すぎだろ!!


「――ぐはっ!!」


その言葉を最後に、男は正面から突っ込んできた。

一瞬消えたかと思うほどにその速度は速い、魔力の防御も間に合わずもろに食らってしまう。

そのまま自身で作った壁まで吹き飛ばされた。


「痛ってえな……」


瓦礫を掃って立ち上がると、口から流れ出た血を腕で拭う。

背中を強打したせいだろう、五感が鈍くなっていく感触が襲った。


――やっべえ……


『HP:6125/8192』


横目で見たステータスが示す数値を見て、リナの緊張がさらに高まる。

一撃でここまで削れられたのはリナにとって初めての経験であった。

伝う汗は異常なまでの量であり、音すら立てて石畳に染み込んでいく。


「――電場生成エレクトリック・フィールド


彼女が行使した魔術により、空間が上書きされる。

さっさとこいつを倒さなければいけない、こいつの仲間が潜んでいる可能性だって十分にある。

ユイカのことを考えると、ちんたらやっている訳にはいかないのだ。

だから全力で、一撃で終わらせる。


「その魔術壊れてない?なんも起きないけど?」


「言ってろバーカ……ーー電荷付与エレクトリック・エンチャント


「な!?」


彼女が魔術を唱えた途端、男の体が宙に浮いた。

そしてそのままリナの元へと吸い寄せられていく。


彼女の魔術『電場生成』は、閉塞空間内に疑似電界を生成する魔術である。

また電界内のベクトルを任意に設定することもできるのだ。


この術式は単体で何かできる訳ではないが、電界を作り上げることで空間内で電荷を有するものの立ち振る舞いを強制することが出来る。


つまり『電荷付与』によって電荷が付与された対象は、彼女の掌の上にいるのと同義と言える訳だ。


「知ってるか?人が死ぬ電圧は大体40Vらしいんだとよ、それに対して雷の電圧は約1億V……つまり」


「――マジかよ!!」


「――雷撃サンダー・ショット


「がっは!!!」


拳に雷を纏い、引き寄せた男に容赦ない一撃を叩きこむ。

その威力は電界内のベクトルを変更することでさらに増している。

確かな手ごたえ、それと共に男は側壁に打ち付けられた。


「おう、死んだか?でかい口叩いた癖に大した事ねえな」


砂埃が晴れ、クリアになった視界に飛び込んできたのは力なく壁によりかかった男の姿だ。

それもそのはず、雷撃は魔力を一時的に0にすることで雷とほとんど同等の電力を有することが出来る魔術だ。

人を直列つなぎにしたとしてもざっと250万人程が死ぬ代物だ、生きている筈がない。


「お前が誰か知らねえけど……この間のトロールもお前がやったんだろ?」


リナがユイカとコラボしなければいけないと思った最大の理由、それはユイカを襲ったトロールの様子が異常だったからだ。


トロールと戦闘は何度か経験している、しかしあのような速度に入り口を塞ぐ柔軟性、そして何よりターゲットを絞ったような襲い方をする個体を見たことが無い。


まるで人間が操作しているかのような、そんな動きだった。


そのことから言えるのは、あの一連の事件は人為的であるということ。

そしてその牙はユイカに向いていたということ。


「……何が目的か知らねえが、うちのメンバーに手出すんじゃねえよ」


「――それは無理な相談だ」


「がっ!!」


吐き捨てたはずの言葉に返答が返ってきたかと思えば、その瞬間腹部にとてつもない熱を感じた。

立っていられないほどのその熱により、リナはその場に倒れこんだ。


「……なんで……生きてやがる」


「なんでって?あんなので俺が死ぬわけないじゃん。馬鹿じゃないの?」


「がはっ!!」


リナの腹部を刺した得物を拭きながら、男は彼女の顔面を蹴り上げた。

口と腹から鮮血が溢れ出し、彼女の周りに血溜まりを作っていく。


「せっかくだから、さっきの質問に答えてやろうか。ーーそうだ、正解だよ。あのトロールは俺たちの差し金だ。まあ、よく分からねえガキに邪魔されたわけだがな」


「なんでだ!……なんでユイカを!―――ぐはっ!!」


再び、今度は腹部に蹴りが入る。

もはや痛みすら薄れていっている、意識の消失を間近に感じリナは必死に意識の糸を保とうとする。


「うるせえなあ、別にあの女に興味はねえよ。欲しいのはあの女の刀だけだ。最も俺たちだってなんであんなもんが欲しいのかは分かんねえんだけど……とりあえず俺はあの女を殺しに行く……最後に言い残すことはあるか?」


「……それを言ってどうなる?」


「あの女に伝えてやるのさ!!お前の仲間はお前のせいで死んだんだって!!その表情はきっと俺好みだろうなあ」


仮面越しでも分かるほど、その男は恍惚としている。

まるでそれが手放しで喜べるような善行かと思うほど、その声色は純度100%の喜びを有していた。


「……じゃあ一つだけ……おせえよバーカ!!」


「何が?ってなんだ!?」


「――どうもリナ、元気そうで安心したわ」


リナがそう言い終えた瞬間、彼女の後ろの壁がけたたましい轟音と共に破壊される。

どでかい穴が中央に開き、その中から現れたのは、


「これが元気に見えるならお前疲れてるって……カシマ」


その持ち前の金髪を靡かせ、何でもないジャージに腕を通している少女。

Meiriaグループリーダー、カシマがそこにはいた。

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