第12話 VS 撮れ高

「バアアアア!!!」


「ーーあっつ!」


邂逅した瞬間放たれたブレスに、悠真は慌てて回避する。

扉を持っていたこともあって少し掠めたそのブレスの熱さは、ただの炎のそれとは違う。

衣服に着いた火種を鎮火し、改めてニーズヘッグに相対する。


「ちょっとヤバいかも……」


:ニーズヘッグって普通こんなとこに居たらダメやろ

:頼むから死ぬなよ

:俺たちのユウマやぞ、死ぬわけない


ーーそう言ってくれるのは嬉しいんだけど……


冷や汗が額を伝う。

正直、勝てるか怪しい所ではあるのだ。

見立てでは、その強さはあの時のトロールと対して変わらない。

悠真だってあの時より成長している。しかし、


ーー今はあの刀がないからなぁ


あの刀の出力を補えるほど成長したかと言われれば、さすがにそれほどではない。

悠真の異常な成長速度を持ってしても、現状彼女が持っていた刀には敵わないのだ。


「まあ、ヤバい位の方が楽しいんだけど!」


:は?

:ウキウキやんけ

:なんやこいつ

:楽しんでて草

:ニヤニヤするな


そう言いながら、鞘から刀を取り出すとニーズヘッグへと突っ込んでいく。

彼は生粋の戦闘狂であった。

あの時と違い、誰かを救う必要がなく失われるとすれば自分の命だけ。

この状況は、彼のバーサーカーぷりを遺憾なく発揮できるものであった。


「――炎刀付与フレイム・エンチャント


初めから手は抜かない。

刀に炎を纏わせて、一気に切りかかる。


「おらぁ!!!って硬!?」


「ギャオオオオ!!」


「ーーくっそ!」


ニーズヘッグは全身を鱗で包んでいる。

悠真の本気の一振りはその強固な鱗にはじき返され、お返しと言わんばかりの左翼からの殴打を食らい、吹っ飛ばされる。


:さすがにニーズヘッグは固いよな

:おいおい大丈夫か

:まともに攻撃食らってるとこ初めて見た

:それが異常なだけや


ーー……思ってるよりヤバいぞこれ


とっさに魔力を固めて防御はした。

しかしそれでも、視界が若干歪む位のダメージを受けてしまった。

悠真は一端、ニーズヘッグから距離をとる。



『HP:145/512』


ーーマジか!?


急いでステータスを確認した悠真であったが、その数値を見て驚きを隠しきれない。

今の一撃で、体力の7割以上を持っていかれたのだ。

それが意味することは、


ーー次何か食らったら死ぬな、これ


ブレスは勿論、ニーズヘッグから生まれる如何なる攻撃であっても死は免れないだろう。

気を引き締めないと、刀を握り直しながら悠真は気持ちを切り替える。

使うしかないか……少しの思案の後、悠真は賭けに出ることに決めた。


「――四重膂力強化フィジカル・エンハンス:テトラ


:何だそれ?

:知らないこと始めたぞ

:重ねがけみたいなことか?してるやつ見たことないぞ

:初めて見た


それはそうだろう、魔術の重ね掛けである多重術式は高等技術であり、発見されたのは今から五年後だ。

加えて、それを可能にしたのは悠真を含めても指折り数えるほどしかいない。

そしてなにより、


「そりゃあ開発したのは僕なので、みんな知らないと思いますよ」


:ん?

:は?

:え?


これを最初に編み出したのは悠真に他ならないのだ。

理解できていない視聴者は置いてきぼりに、戦闘に復帰する。


ーーさて、何秒持つか


勿論多重術式になんのデメリットもなければ、この部屋に入った瞬間に使っている。

しかし、そうではない。

多重術式は高密度の魔術を操る必要がある、そのため魔力消費が通常の魔術行使と比にならないのだ。

従って、早急に勝負を決めなければならない。

一挙手一投足が自分の末路を決める状況であり、勿論……


「テンション上がってきたなあ!!お前ら」


:なんかもう意味が分からな過ぎてキレそう

:なんで死ぬか生きるかの瀬戸際でテンション上がってんねん

:一周回って怖い


戦闘において悠真に常識は通用するわけもなく、上がるテンションを抑えきれずにいた。

いつぶりだろうか、こんなにも死を間近に感じたのは。

これが求めていたスリルなのだと、悠真は実感する。


「バアアアア!!!」


そんな悠真に向かって、ニーズヘッグからブレスが放たれる。

その黒い炎は悠真の立っていた一帯を焼き尽くした。

しかし当の本人は、


「……遅い」


:見えなかったぞ

:いつも早かったけど比にならない

:瞬間移動した?


既にそれの背中の上に乗っている。

異次元の速さ、多重術式が可能にしたそれによって悠真は背後をとることに成功したのだ。


「はあああああ!!」


炎刀に魔力をありったけ込める。

効率なんてものは気にしない、この一撃で全て終わらせる腹積もりだ。

刀身の炎がその勢いを増し、さながら火柱の様な様相へと変貌する。


「おらあああああ!!!」


:いっけええええ

:その首とったれ!!

:やっちまえ!!


「ギャア!……アア!!」


渾身の一閃。

人間でいう所の項に向かって放たれたそれは、ニーズヘッグの頭部と胴体を真っ二つに切り裂いた。

断末魔の叫びと共に、ニーズヘッグの頭部が地面へ転がり落ちる。


「ーーっしゃあ!!」


それと同時に聞こえたのは、悠真の雄たけびだった。

さすがにもう限界だ、崩れ落ちたニーズヘッグの胴体から振り落とされると、そのまま重力に身を任せて仰向けで寝そべった。


「皆さんやりましたよ!!勝ちました!!」


:マジで凄ぇよ!!

:よくやった!!

:初めてこのチャンネルで手に汗握ったわ、おめでとう!!


眼前のコメント欄には、普段辛辣な視聴者からの手放しの賛辞が送られている。

達成感、久しく縁のなかったそれを堪能しながら、悠真は少しの仮眠をとることにする。

幸いここはボス部屋、ボスが出ていくことがあれど、ほかのモンスターが侵入する心配はない。


「じゃあ今日の配信はここまで!また次回の配信で会いましょう!」


そう言うと配信を終了させ、悠真は眠りへと入るのだった。


たった今切られたこの配信が歴史を大きく歪めるのは、まだ少し先の話である。



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