第10話 一ノ瀬 結花の一日
「――もう朝か」
一ノ瀬 結花の朝は早い。
頭上で鳴り響くアラームを止めて、彼女はベッドから立ち上がる。
壁掛け時計の針は4時を示している。
学校の始業は9時であり、実に5時間の猶予を残していた。
「……急がないと」
昨晩枕元に置いておいたジャージに腕を通し、壁に立て掛けてあった竹刀を手に取ると、足早に玄関に向かう。
「行ってきます!」
彼女は一人暮らしをしている。
それでいてこう挨拶するのは、父の言いつけが効いていると言える。
施錠を済ませると、彼女は近くの公園へと向かった。
「はっ!!」
公園に着き、準備体操を済ませた彼女は、短く息を吐いて竹刀を振り下ろしている。
これが彼女の日課だった。
――「ユイカさん!!逃げますよ!」
少しだけ前を向こう、そう誓った。
それでもあの日からずっと、脳内ではその声が鳴り響いている。
「強くならないと……」
竹刀を振る腕に力が入る。
今日を生きたかった彼らの分まで背負っているのだ。
背負うなと言われたが、簡単に下せるものでもない。
「――いつか、あの人に並べるように」
憧れ、羨望、そしてほんの少しの嫉妬。
その全ての感情が心の中で入り交じっている。
明鏡を使いこなせる彼に対して、結花は複雑な感情を抱いていた。
父が遺した刀、自分に触らせるつもりの無かったそれではあるが、もうこの世で唯一父を感じれるものなのだ。
それを触れないことが、なによりも苦しい。
――ユウマさんに教えを乞えば……
いっそのことそう思う。
彼ならば何か知っているかもしれない、彼に聞けば全て解決するかもしれない。
だが、
「でも、それじゃ意味が無い」
竹刀の風切り音が強くなる。
これは自分と父の話だ、彼に教えを乞えば仮に明鏡を扱えたとしても意味がないのだ。
自らの力で父に並ぶ、これは彼女なりの美学だった。
「――これでラスト!」
2時間ほど経っただろうか。
その声と共に竹刀を振り下ろすと、そのまま帰宅の準備を始める。
無心に素振りを続けていた彼女であるが、これ以上時間をかけると、学校に間に合わなくなる。
いや、正確に言えば女としての尊厳を破壊してしまうことになりかねないのだ。
「――急ごう」
荷物を纏めると、彼女は帰路に着いた。
=====
「――じゃあねー!」
「おっつー」
「じゃあね!また明日!」
二人の親友――彩奈と咲希に別れを告げ、結花は教室を後にした。
今日も疲れた、朝の素振りも相まってその疲労感は人並みのそれでは無い。
それでいて彼女は学級委員長をこなす位に学校では真面目で通っているため、授業中に寝るなど許されないのだ。
従ってめちゃめちゃ眠い、その程度は立っていても熟睡出来るほどだ。
「だけどここで終わっちゃダメだよね」
自分にそう言い聞かせ、彼女はとある場所へ向かった。
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名前:一ノ瀬 結花
年齢:17
身分:配信者
階級:D
Lv:12/999
HP:64/64
魔力:32/32
魔術:自壊
操刀
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「……はぁ」
自分のステータスを見ながら、思わず溜息が漏れてしまった。
場所は学校から30分ほど電車で移動し、到着したのはボスモンスターが駆られた後の通称ダンジョン跡地だ。
通常ダンジョンはボスモンスターが討伐されない限り、半永久的にモンスターが湧き続ける仕様になっている。
その為ダンジョン跡地はボスモンスターが居ないため、殆どのモンスターが湧くことがない。
しかし、少数かつFからEランクのモンスターはボスモンスターが居らずとも湧いてくるため、ダンジョン初心者にとって格好の練習場所なのだ。
「グルゲ!」
そう言って彼女の目の前に現れたのは、半液状のモンスター、スライムだ。
それを見て、結花は交戦する為カバンに入った2本の刀のうち一つに手をかけようとする。
「――痛った!」
しかし、そのうちの一本--明鏡に触れた途端、電流が流れたかのような痛みが走る。
いつもそうだ、この刀は主人に触らせる気がない。
――いつかはこれを……
そう思いながら、彼女はもう一本の刀に手を伸ばす。
何でもない、その辺に売られているただの刀だ。
鞘から引き抜き、目の前のモンスターに構えた。
魔力を練り、魔術を行使する。
「――
途端、持っている刀に魔力が宿る。
この魔術は剣技の向上を齎す魔術だ。
「はっ!」
短く息を吐くと、スライムに向かって走り出す。
勢いそのままにスライムに切りかかった。
「……ゲィ…ア」
なんの抵抗もなく真っ二つにされたスライムは、そのままドロドロと石畳へ溶けていく。
「頑張らないと……」
幸運にも今日は配信も打ち合わせも無い。
出てきたモンスターを見つけ、そして狩る。
自分に鞭を打って、ただひたすらにそれを繰り返す。
この彼女の特訓は数時間後、彼女の魔力が尽きるまで行われた。
「……明日も頑張らないと」
あたりはもう暗い。
疲れ果てた体を引き摺るように帰宅している途中、彼女はそう呟く。
自分に言い聞かせるように吐いた言葉は、着実に彼女の首を絞めていた。
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