第9話 Meiria

「――おや、そこにいるのは配信者さんですか?」


ダンジョンの奥から、鈴の音を転がしたような女の声が聞こえた。

その声の主はゆっくりとこちらに近付いて来る。


「……ってあれ?貴方確か……ユウマさんですよね」


そう言いながら姿を現したのは、綺麗な金髪ボブの少女だ。

その容姿は身を包んでいる衣装も相まって、あまりにアイドルそのものであった。


「はい、そうです。……あなたは?」


「やっぱり!私ずっと貴方に会いたかったんです!」


……ん?

こんな美少女が悠真に何の用があると言うんだろうか。

目の前の少女は小さくステップを踏みながら、こちらに近付いてくる。

そのまま悠真の眼前の3歩前まで来ると、ピタッと静止。

そして、


「うちのユイカを助けて頂いて、ありがとうございました!!」


深々と頭を下げた。

その声は先程までのキャピキャピした態度とは異なり、一人の人間としての誠意が籠ったものだ。

若干ながら、涙声にもなっている。


「そんな!大した事じゃないので、頭上げて下さい」


「うちの」という事は、さしずめユイカの事務所の先輩だろうか。

とりあえず年下であろう女の子に頭を下げさせている状況は非常に心苦しいので、顔を上げて貰うことにする。

上がった顔の瞳は若干赤くなっていた。


「貴方が居なければ、私はメンバーの一人を失う所でした。感謝してもしきれません」


「人としてやるべき事をやっただけなので……彼女が無事で良かったです」


だってそうだ、あの状況を目の当たりにしてしっぽ巻いて逃げるなんて有り得ないだろう。

あの場所ではやるべき事をやったに過ぎないのだ。


「……それを当たり前のことのように言うんですね」


「ん?何か言いましたか?」


「いえ、なんでもありません。ただ私はユイカの先輩として、貴方に一言こうやって感謝を伝えたかったんです。ーーそれでは、私はこれで」


最後にもう一度頭を下げると、彼女は悠真が進んできた方向に向かって歩を進め始める。


「あっ!名乗るのを忘れてました。一番に言わないといけないのに」


悠真の後方でそう呟くと、こちらを振り返り、


「ダンジョンアイドルMeiria所属、グループリーダー、カシマです。ぜひ覚えて帰って下さい」


言い慣れているであろう口上を述べて、去っていったのだった。


:カシマちゃん!

:カシマちゃんも同じダンジョンで配信してたっぽいね

:ってか、ボス討伐されてるぞ

:ボスおらんやんけ


「――え?」


そんな彼女に今日の配信の目標を取られていた事に気付くのに、そう時間はかからなかった。


=======

「――今回の件、ユイカさんに非はありませんよ」


「いや……あれは私が……」


Meiriaの事務所の一室、結花は一人の男に呼び出された。

スーツ姿のその男は彼女のマネージャーだ、きっと結花の精神面を心配してのことだろう。


「スタッフはユイカさんを守る為に付き添っていた、そしてその責務を全うしたにすぎません」


「でも……私がもっと強ければ!!それで解決していた話なんです!!私が……」


結花は食い下がる。

当たり前だ、自身の弱さによって引き起こされた事態なのだからその責任の所在は自分にある筈なのだ。

役割なんて言葉で片づけられていい訳がない。


「いいですか、貴方はアイドルなんです。強くあることを求められているスタッフと違って、魅せることを求められているんです。だから自分を責めるのは辞めてください」


「……でも私はカシマさんやリナさんの様に強さでみんなを魅了したかった……ここに入ったのもその憧れなんです。だから……悔しい!!悔しいです!!林さん!!」


マネージャー――林と呼ばれた彼はその言葉を静かに聞き届ける。

悔しい、己の無力が何よりも。

誰よりも強くありたいと願った、その結果がこれなのだ。

己の無力から来る涙が枯れるのを待って、彼は続ける。


「これから強くなればいい、貴方にはその未来が与えられた」


「これから、ですか……」


何度与えられたら気が済むのだろう、そして何度無為にすれば気が済むのだろう。

その度に背中が重くなる、逃げるわけにはいかない。


「――もう少しだけ、頑張ってみます……」


あいまいな返答だ、だが今彼女が言える最大限の言葉だった。

前を向こう、一歩ずつゆっくりと。

彼の言葉に、結花は答えようと決意した。



――「んー、じゃあコラボとか?嫌だったら全然いいんだけど」


その時、ふと思い出した。

そうだ、彼とコラボの約束をしていたのだ。

コラボの際にはマネージャーの承諾がいる、ならば今聞いておくしかない。

そう思って彼女は切り出す。


「林さん、私、助けて貰った彼とコラボの約束をして……してもいいですか?」


「……この流れで心苦しいのですが、それは出来ません」


「……え?」


予想外の返答に結花は困惑するしかない。

前を向こうとした矢先に出鼻を挫かれた感覚だ。

林は続けてこう言った。


「ユイカさんには言っていませんでしたっけ……うちの事務所、異性との交流は原則禁止になっているんです」


「なる……ほど?」


納得したような納得していないような、そんな不思議な感覚だ。


「所謂ユニコーンと呼ばれる方たちへの配慮ですね」


「……ユニコーン?」


神話とかに出てくるあれだろうか、だとすれば自分のファンにそのような幻獣はいなかったはずだが。

キョトンとしている結花を見かねて、林は続ける。


「ざっくり言うと純潔を求める人達のことです。彼らは異性とのコラボであったり、クリスマスに配信しないであったりと言った異性との交流を匂わせることが嫌いなんです。そんな彼らへの配慮として、うちでは異性との関りを禁じているんです」


「……なんとなく分かりました」


所謂処女信仰という奴だろうか、性に疎い結花であっても彼が遠回しにそれを暗示していること位は分かる。

彼との約束、それを反故にするのは心苦しい。

しかし郷に従わないわけにもいかない。


――別の方法で何か返さないと……



「……仕方ないですよね、彼にはその旨を伝えておきます」


「お力になれず申し訳ありません」


渋々結花は断念することにする。

肩を落としユウマにどう恩返ししようか考えながら、結花は会議室を後にするのだった。


========


「――よう、ユイカ久しぶり」


「こんなところで会うなんて珍しいですね、リナさん」


事務所から出て数分後、帰路の途中で結花はリナと遭遇していた。


「珍しいって……自分の事務所の近くで会ってそれ言われちゃ世話ねえな」


「だってリナさん事務所の打ち合わせ来ないじゃないですか。この間の全体のやつだってドタキャンして……事務所の先輩たちご立腹でしたよ」


「あー、あれはだって前日に飲んだ余市のせいだろ。あれがなければ俺は起きれてたんだよ。つまり俺は悪くない」


そういうとリナは豪快に笑い飛ばす。


「んでよ、今日は別に事務所に大した要はなくってさ。ユイカ、お前に要があってきたんだよ」


「私ですか?」


なんだろうか、思い当たる節はあまりない。

結花の中のイメージのリナは、だらしないというものが一番に来る。

そのイメージから推察するに、


「あっ!お金貸してほしいとかですか?私あんまり今お金なくてお力になれないかも」


「違えよ!どこの世界に未成年から金借りる成人女性がいるんだ?そこまで落ちちゃいねえよ」


そういうと、軽く頭を小突かれる。


「じゃなくてだなあ、俺が言いたかったのはコラボしようぜって話だ」


「ここで会うよりもっと珍しいですね、どうしたんですか急に」


リナはこっぱずかしそうにそう言ってきた。

彼女が誰かとコラボしている所を見るなんて、少なくとも結花がMeiriaに入ってから一度も見たことがない。

全体のライブやコラボ配信の類でさえ寝過ごすのが彼女のルーティンだ。

そんな彼女から誘いをもらえるなんて、明日雪でも降るのだろうか。


「いや、なんとなくコラボしとかないといけない気がしたんだよ、なんとなくだけど」


「なんですかその義務感。でも私は嬉しいですよ、まさかあのリナさんから誘いをもらえるなんて」


彼女からの誘いは嬉しい、この言葉に嘘はない。

だがその瞬間脳裏に過る、今度は彼女が自分の身代わりになってしまうのではないかと。


――だけど……


そう過ったが、それと同時に彼女なら……と思ってしまった。

それほどまでに彼女は強い、結花が羨望の眼差しを向ける一人でもあるのだから。

次にダンジョンに向かうとして、これほどまでに適任の人物はいないだろう。

そう思って、結花は断りの一言を飲んだ。


「そういって貰えるならありがてえな。じゃあ決まりってことで。また、空いてる日送っとくわ」


「分かりました、コラボ楽しみにしてますね」


「おう」と短く答え、彼女は事務所の方へと歩いて行った。

その後ろ姿に疑問を覚え、結花は声をかける。


「そういえば今日リナさんのマネージャー休みでしたけど、何しに行くんですか?」


Meiriaの事務所には、分かりやすいように今事務所内にいるかどうかの表が作られている。

その表によれば、今日彼女のマネージャーは休みだった筈だ。


「ああ、カシマに借りてた金返しに来たんだよ。この間リゼロで万発出したからさ。いやあ、あれはアツかったなー、なんてったって鬼がかってますね予告からの……」


――何も分からない……


打ったパチンコの魅力について熱弁しているリナを無視して、結花は再度帰路に就いたのだった。



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