第8話 知らない魔術と邂逅
:姐さん飲みすぎじゃね
:もう2時間位ぶっ続けで飲んでる……
:これがアイドル名乗ってんの面白すぎるだろ
「あのなぁ、アイドルってのは時に隙を見せたりするんだよ。その抜けた所が魅力なんだよ。これがアイドル、分かるか?お前ら」
とあるマンションの一室、嗄れた女の声が響く。
声の主はタンクトップ1枚で目の前の机に頬ずえをついている。
その机の上には数え切れない程の酒の空き缶が並んでおり、先程から定期的に缶が机から落ちている始末だ。
:ただの酒カスがアイドルを語るな
:時には?常時フルオープンやんけ
:隙しか無いんやが
「うるせぇなぁお前ら!そんなにピーチクパーチク言うなら他の可愛い女の配信行けばいいだろうが!」
台パンと共に空き缶が音を立てて机から脱出していく。
ブチ切れてリスナーと殴りあっている彼女であるが、その言動と違い容姿は非常に整っている。
切れ長の目も、高く通った鼻筋も、綺麗に揃えられたウルフカットも、見え隠れしている八重歯も、どれをとっても絵になるものばかりだ。
それでいて右肩には大きなタトゥー、左手にはフィルタースレスレのタバコ、右手には飲みかけの缶チューハイと来ているのだから非常にアンバランスであると言える。
しかしその歪さが彼女の魅力でもあった。
:姐さんごめんって
:言いすぎたわごめん
:俺らが姐さん以外で満足出来る訳ないだろ、いい加減にしろ
:愛してるぞリナ
「そうだよなあ!そうだよなあ!俺が居ないとお前らダメだよなあ!」
大口を開けて豪快に笑い飛ばし、上機嫌そうに次の缶を開ける。
カシュっという音と共に飲み口から溢れ出す泡を啜ると、「そういえばーー」と切り出す。
「最近さぁおすすめの配信者とかいない?お前らどうせ暇だから詳しいだろ?」
:泣くぞ普通に
:言いすぎやろ
:人の心とかないんか?
:余計な一言の見本として出せそう
「あー、悪かったって。それではお忙しい皆さんのおすすめの配信者っているんですかー?」
:言わされてる感しかなくて草
:棒読みやんけ
:急に機械音声みたいになってて草
:そりゃもうユウマ君一択やろ
:新進気鋭のハイパー新人ユウマしかおらん
:カシマ様しか勝たん
:ナリハちゃんやが
:ユウマやな
:ミカゲツニキやろ
:龍溟姉貴やね
:ユウマ今配信やってるぞ
「……ユウマってあれか!うちのユイカを助けてくれた奴!あいつには恩しかねぇ」
:それは本当にそう
:危うく世界から推しが1人消えるとこやった
:感謝してもしきれん
しみじみとそして本心からそう思う。
彼には頭が上がらない、私の大好きなメンバーを救ってもらったのだから。
いつか会って話をしよう、そしてその時に飯でも奢ろう。
でも……
「ダサいのはダサいんだよなぁ……」
:辞めたれや
:本当にそう
:チェック・メイトの何が悪いねんかっこええやろ
:それでバランスとってるからセーフ
「ーー今配信やってるらしいからお前らも一緒に見ようぜ」
そう言うと配信管理ソフトを弄り、同時視聴の準備を始める。
カシマに続くMeiliaの実力者、リナこと中畑 莉奈は楽しそうに休日を過ごしていた。
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:こいつやっぱおかしいって……
:なんで淡々と攻略して行ってるんですかね
:ここのダンジョンの適正ランクはCなんですが
:適正Aのとこのボス倒してるし今更やろ
配信開始から1時間経過し、悠真はこのダンジョンの中層にあたる23階に到達していた。
道中視聴者と交流しながらここまで来た為、探索者の時と比べ感覚的には一瞬であった。
あった緊張も解け、何となくではあるが視聴者とも打ち解けてきた気がする。
「おっ!見てくださいあれ、この階層にいるのは珍しいですよね」
そう言いながら指をさした先にいるのは、犬に似た魔獣ーーガルムだ。
個体にもよるがランクとしてはDからCの間の魔獣であり、そのほとんどが高層に群れを成している。
しかし、目の前のガルムは単体で中層にいる。
それから言えることは、
「ってことは多分このダンジョン他に誰かいますよ」
:せやね
:確かに
:逃げてきた感じやろね
高層階に誰か攻略しに来ている人間がいて、その人に追い立てられたということである。
ということはこのままいくとその誰かと鉢合わせることもあるだろう。
人見知りだからあったら何話そう、なんて思いながら目の前のガルムと相対する。
「そうだ!この間のレベルアップで魔術を新しく3つ手に入れたんです。まだ使ったことないので、試しにこいつに使ってみようと思います!」
:3つで草
:多すぎるやろww
:普通1ダンジョンからは1つしか魔術貰えないんですがそれは
「そう言われましても……じゃあ一個づつ皆さんに見していきますね!」
視聴者が疑いだしたのを見て、悠真は信頼を得るために魔術を見せることに決める。
魔術の行使、これには魔力を練る必要がある。
その溜め時間を作るため、悠真はガルムと距離をとると体内で魔力を練り始めた。
――見せるって言っても、2つどんな魔術か知らないしなあ……
言ったはいいものの『炎刀付与』と『魔具生成』、この2つの魔術が実際どんなものであるか正直よくわかっていない。
名前から察するに『炎刀付与』は刀に炎を纏わせるもの、『魔具生成』は何かしらの武具を作れるのだというのは分かる。
だが詳しい内容までは行使してみないと分からないのだ。
――とりあえず分かってるやつから使うか
悠真はそう決断すると魔術を詠唱する。
「――
「ギュルア!!!」
「痛って!!」
:www
:自滅で草
:何してんねんww
:初被ダメが自業自得なのはおかしいやろww
詠唱終了と同時に、ガルムは吠えながら悠真の首を嚙みちぎろうと襲い掛かってきた。
それを避けようと一歩踏み出した途端、悠真はまるで吹っ飛ばされたかのように、とんでもない速度で側壁に激突したのだ。
――そういえばこんな魔術だったわ……
瓦礫を払って立ち上がりながら思い返す。
魔術自体はもっていたものの、Sランク探索者になってから長らくこの魔術を使うことがなかった。
そのため勝手を忘れて思いっきり地面を蹴ってしまい、自分でも制御できずに壁に突っ込んだという訳である。
正直恥ずかしい……そんな羞恥心をごまかすため、悠真は次の魔術を行使することにする。
「――
:すげえ
:めっちゃ燃えてる
:メラメラやね
――これは凄い……
唱えた途端、持っていた刀の刀身に炎が宿る。
この刀は別に業物でもなんでもなくその辺のホームセンターで一昨日ぐらいに買ったものだが、この魔術はそんな刀を業物であると勘違いさせてしまうほどだ。
燃え盛る刀身も、そこに付与できる魔力も申し分ない。
――これなら先に、もう一つの魔術も使っとくべきだな
悠真の見立てでは、この刀は目の前のガルムを一撃で消し炭にしてしまうだろう。
そうなると魔術の行使相手が居なくなり困るため、速やかに次の魔術を行使することにする。
「――
:なんか出てきたぞ
:持ってる刀と同じ刀じゃない?
:確かに瓜二つやね
詠唱して眼前に現れたのは、ホームセンター製の見覚えしかない刀である。
柄を握って確かめるが、その感触も今右手で握っているそれと変わらない。
要するにこのことから言えるのは、
――触れている武器を複製出来るって感じかな
「バアアゥ!!」
飛び掛かってきたガルムを今度はうまく力を抜いてよけながら、悠真はそう結論付けた。
余り使い道がない魔術かもしれないな、これが彼の本心だ。
一人で戦う上において、持っている刀を複製したとしても何にもならないだろう。
両手で刀を振る人間もいるが、悠真はあくまで一刀流。
特に必要なケースが思いつかない。
――まあ、外れかな
魔術には当たり外れが往々にしてある。
あれほど魔術を持っていたSランク探索者時代でも、持っていた魔術の3割位は何のためにあるか分からないものだった。
そう割り切って出てきた刀を放り捨てると、襲ってきたガルムを
「よいしょっと」
「……ガァ……ァ」
炎刀で一刀両断にする。
刀身が燃えていることもあって、力を込めずともその威力は絶大であった。
実際襲い来るガルムに対して、悠真は刀を添えただけ。
ガルムが勝手に突っ込んできて、自分から真っ二つになりに来たような構図である。
:すっげえ切れ味
:この刀ホームセンター製ってマジ?
:これが29,980円で買えるなんてお得やね
:※切れ味には個人差があります
「よし!じゃあ次の階行きましょう!」
ホームセンター製の刀に盛り上がっているコメント欄を尻目に、悠真はダンジョンのさらに奥へと歩を進めるようとする。
その時、
「――おや、そこにいるのは配信者さんですか?」
ダンジョンの奥から、鈴の音を転がしたような女の声が聞こえた。
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