見つめ合う二人
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りんごのように赤く染まった頬が二つずつ向かい合っている。
ぽかぽかに暖めた二人部屋。ルームウェアの上にさらに
「照れるなあ、ほっぺた赤くして見つめんといて」
先に顔を覆って視線をそらしたのはステイシーだった。といって別ににらめっこをしていたわけではない。
「誰のせいでこうなったかわかってるよね?」紘香は厳しい目を向けた。
体は火照っている。悪寒戦慄の時期は過ぎた。熱は上がりきったようだ。
雪掻きで積み上げた雪山に腰まで埋まって何とか救出されたものの二人してしっかりと風邪を引いてしまった。
額には冷却シート。鼻水が止まらない。
そしてそれにも増して不快なのがしもやけになってしまった足。常にじんじんとしびれて、足湯に浸かっても痛いような不快な感覚がとれやしない。
隔離と称して今日一日ずっと部屋にいる。補習は部屋の端末を使って教師と課題のやり取りをするだけだった。といっても頭はまともに働かず、全然はかどらない。
「ほんま、ごめんやで」
紘香より十センチ以上高いステイシーがうなだれる姿を見せる。しかしこれも演技かもしれなかった。
「そろそろお腹空かへんか?」
申し訳なさそうにしつつもステイシーは顔を向ける。やはりスープだけだと足りないようだ。
「よく食欲がわくわね。確かにしょっぱいものが食べたい気はするけれど」
「
「しょっぱい、よ」
「ああ、
大阪人は塩味と香辛料の辛さをどのように区別して表現するのかと紘香は思った。
「お
食べ物に「さん」とか「ちゃん」とかつける傾向もある。
「
紘香は端末を使って家庭科教師兼管理栄養士の笹塚に連絡した。食堂へ出入り禁止となっている以上食事のデリバリーくらいあるはずだ。
「何か、暑くなってきたな」
二人して赤い頬をしている。
ステイシーは特に肌が白いから目立つ。ふだんキリリとしている美貌が何だか今日は可愛く見える。
「反則ね」
「何か、
「何でも」
どんなに振り回されても自分はステイシーを許してしまうだろうと紘香は思った。
「アイドルの頬を赤く染めるなんて、俺は罪作りな野郎だ」ふふん、と芝居がかった台詞を吐くものだから紘香は
「ちょっと決まったやろ? 惚れたか?」ニヤリとしている。
「あんたの頬の方が絶対赤い」
「そうかな、うちのは赤いゆうてもオレンジ・チークやな。〽夕陽に染まった頬♪ 〽僕だけが君を見ている♪」歌っている。
「そんなマイナーな歌、よく知ってるわね」
「オーディション番組の課題曲やったやん。観てたで」
「テレビ、あったのね?」
「自宅生やったし」
寮生がテレビを観ることはない。
「ここテレビないやん。カウントダウンライブ観られへんやん、どないしてくれるの?」
「私に言ってもね」
「なあ」とステイシーは赤い頬を寄せてきた。「何か名案あるのとちゃうか? ライブ観る方法。てゆうか
「私たちは先日収録したブイね」
メンバー四人のうち二人はまだ中学生だ。年越しライブには出られない。
「ああん、観たいわあ」赤い頬をスリスリさせて来る。
ほんとうに反則級だと紘香は思った。歌劇団の男役みたいな
「惚れてまうやろ……」つい口をついて出た。
「は? 何か
「別に」聞こえなくて良い。
昼下がり、養護教諭の
「雑炊、食べられる?」
「ちょうだいいたします」ステイシーが畏まった。
紘香はくすりと笑う。
「熱の割に元気そうね」
検温して二人ともまだ三十八度を越えていた。
「若いと回復が早いね」養護教諭の
「そりゃもう」ステイシーは褒められたと思っている。
しかしそもそも風邪を引いたのは若さ故の過ちだ。積み上げた雪に埋まって動けなくなるなんてずっと語り継がれるだろう。
「この寮のどこかにテレビなるものはございませんか?」ステイシーが
「ございませんよ」
養護教諭はつれない。様子観察をすませると「お大事に」と言って先に帰っていった。
「まあ、ないわね、ふつう」笹塚は笑っている。
「ないのか、やっぱし……」
ステイシーはがっくりとうなだれた。しかしその口はしっかり動いている。
「おいしいね」
卵をとじただけに見えるが何か
「粥が旨いなんて
ステイシーが変な日本語を言ったので紘香は笹塚と目を合わせて笑った。
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