#2

 渡り廊下から一面雪が積もったグラウンドが見渡せた。少なくとも冬休みに入ってから足を踏み入れた者はいないようだ。

「めちゃ綺麗やん!」

 まるでプールに飛び込むようにステイシーは雪の海に走っていきヘッドスライディングをした。体育館を出るときにジャージの上下を重ね着ただけの軽装だ。

「イカれてるよ、全く」

 愛しのオスカルさまのご乱心だ。

 加藤はビビりつつ写真を撮る。藤野は両手で眼鏡のフレームを押さえて見入っていた。

 およそ聖麗女学館らしからぬ振る舞いに呆れていたその時、顔めがけて雪玉が飛んできた。

「ブハッ!」

 やりやがったな。しかも顔に当てやがった。今でこそ女優の仕事は減っているがバンド活動は順調な芸能人だ。その顔をめがけて遠慮もなく投げつけるとは。

「顔はやめてよ」

 真面目に言ったつもりがステイシーには伝わらない。

「ごめんやで、悪気はないんよ、許したって」

 言っているそばからさらに顔に雪玉をぶつけられた。

「口で言うだけじゃわからないようね」

「うん、わからへん」

上等じょうとうやないけ……」

「どこで覚えるん、そんな変な大阪弁」

「知らんわ」

 やくざの組長の娘役をしていた頃に覚えたのかもしれないが、この際どうでも良かった。

「思い知らせたるわ」

「やってみ」

 飛んできた雪玉をひょいとけた。顔を狙っているとわかれば避けるのは造作ない。そして的が大きいので当てるのは容易だ。硬めに握った雪玉をステイシーの胸にぶち当てた。

「いったああ!」ステイシーが大袈裟にしゃがみこむ。

「痛がるほどでしょうが」

「失礼な」

 顔をあげたところにもう一つぶつけた。

「おのれー」

 こうなったらエキサイトしまくることになる。モブ扱いで連れてこられた加藤と藤野も巻き込まれた。

 藤野は顔に当てられ、眼鏡も真っ白に曇っていた。それでは前が見えないだろうと紘香は思うが、眼鏡がないと余計に見えなくなるらしい。そのまま雪を拾っては相手構わず投げつけ始めた。ただしノーコンだから当たらない。

 紘香は藤野の体を盾にしてステイシーの攻撃を避けた。

「悪賢いな」とステイシーは言いつつ加藤の背後に回った。

「それで隠れてるつもり? 頭隠して尻隠さずよ」

 ステイシーの方が大きいからどうしてもはみ出る。

「胸はなくても尻は出てるよ」

「はあ?」

 何分くらい投げ合っていたかわからない。気がついたら身体中が痛くなっていた。

 バスケットよりも疲れた気がする。紘香とステイシーのみならず加藤と藤野もゼイゼイ息を切らせていた。

「ああしんど。けど最高やね」

 いや最高なのはあなたの顔よ、と紘香は思う。

 その美しい青い目が光り輝き、唇がカットしたメロンのかたちに大きく開いて白い歯がこぼれていた。

「これが青春や~」熱すぎる。

「腹減ったな」急に現実に戻るのも紘香にはツボだった。

「ランチやランチ」

 鼻歌交じりにステイシーが先を行く。

 紘香たちはあとに従った。

 渡り廊下に戻るところで雪掻きして盛られた雪山があった。ステイシーは迷いなくそこへ向かって走った。

「あ、それはやめた方が……」

 紘香の声も届かず、ステイシーは盛られた雪山のてっぺんまで行ったところで両足がズボッと沈んだ。

「うわああ!」

 時すでに遅し。腰の辺りまで雪の中に埋もれたあわれなステイシーの姿があった。

「ヘルプ」とか叫んで足掻あがいている。しかし脱け出せない。

「だから言ったじゃない」しようがないなと紘香は手を貸した。

 しかし両手でしがみつかれ、そのままステイシーと一緒に腰まで雪の中に埋もれた。

 加藤と藤野が助けを呼びに行き、ようやく二人は脱出した。

「寒すぎる」

 助け出されるまで十分はかかった。この敷地に男手はない。非力な女性たちによる拙い救出劇が繰り広げられただけだ。

 びしょびしょになった二人は寮に戻り風呂に浸かったりしたために昼食をとれなかった。

 そして生まれて初めてというものを体験することとなったのである。

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