熱い雪合戦

#1

 冬休み、紘香ひろかは出席日数不足を補うために聖麗女学館長野本校で合宿形式の研修会に参加していた。

 長期休暇の度に補習を受けている。通常の参加者は将来教団を担う幹部候補生だが、一部紘香のように補講のかたちで参加している生徒もいた。

 そして研修会といえども体育の時間はあった。この時期はもっぱら体育館でバスケットボールをしている。

 紘香は器用で運動神経も良かったから何をしてもそれなりに動けた。しかしできれば適当に動いてお茶を濁すかたちにしたかった。紘香にとっては研修会はかたちだけのもので、過酷な芸能活動からひととき離れた休養の場だったからだ。

 しかしここに元気が良くて他を圧倒する生徒がいた。明るい茶髪に青い目、長身の麗人。一度ボールを持つとゴールめがけてまっしぐら。

「よっしゃ、まかしとき!」大阪弁も健在だ。

 ひいらぎステイシー。彼女は何かと規格外だった。

 そしてステイシーにパスを出す役割を負わされた紘香は手抜きもままならず走らされた。

「ちょっと少しは加減しなさいよ」息が切れる。

「せやかてあんたしかおらんもん、パスくれるの」

 汗がにじみ爽やかに笑う顔が素敵だ。紘香は眩しくステイシーを見上げた。

「ったく……」

 相手チームは体育教師の叱咤激励でステイシーを追わされ、振り回された。

 かなわないからといって諦めることも許されない。常にベストを尽くすことを強いられる。そして生徒もそれを受け入れている。迷惑な話だと紘香は思った。

 そしてくたくたになって体育の時間は終わった。

 ここから少し長めの昼休みに入る。寮のラウンジで適宜昼食をとって良いことになっているから自室に戻りシャワーを浴びて着替えてから行く生徒がほとんどだった。

 しかしステイシーはとても楽しいことを思いついた顔をして言った。

「なあ、雪合戦しよ」

「はあ?」

 紘香は耳を疑った。バスケットで走り回った後の提案とは思えない。しかしステイシーの輝く目を見たらそれが本気なのだと思い知らされる。

「二人だけでやるの?」と言いながら逃れる方法を考えた。

「ほなら、あと二人くらい誘うか」

 そう言ってぼおっとしている生徒を二人捕まえた。

「やれやれ」

 気の毒な二人はどちらも眼鏡をかけていた。

 三つ編みツインテールの子は藤野といって味方チームにいたがステイシーと紘香のペースに着いていけず、振り回され、何度も足をもつれさせて転んでいた。いわゆるドジっ子だった。だから雪合戦の意味もよく理解していなかった。

「それって楽しいの?」分厚い眼鏡の奥で目を丸くしてステイシーに訊いた。

「おお楽しい、楽しい。楽しいに決まってるやん」

「じゃあ行く」付き合いは良いようだ。

 もう一人の加藤という子は常にカメラを持ち歩いているような生徒だった。

「写真撮っても良いかな?」

 紘香は言葉に詰まった。芸能活動をしている紘香は私生活を一切公開していない。学校生活もだ。そうした写真が出回るリスクは避けたかった。

「検閲を受けるのよね?」

「許可を受けて撮っているから」

 校内スマホ持ち込み禁止な上に写真撮影も原則許されていない。それでも彼女がカメラを持ち歩けるのは校内新聞や広報作成に関わる生徒だからだ。学校側が検閲して最終的に問題がないと判断したもののみが削除されずにすむだろう。

伊佐治いさじさんの立場は理解しているから」と加藤は言った。

 芸能人でもある紘香は学園にとっては広告塔でもある。へたな写真は残さないと彼女は言っているようだった。

「ヤバいやつは消してな」ステイシーが睨みを利かせた。

 それは学園に見せられない写真を検閲の前に消せという意味だと紘香は思うが、ほんとうのところはどうなのか。

「それはどういう意味?」紘香は念のために訊いた。

「まあいろいろな」何かとんでもないことになりそうだと紘香は思った。

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