#4

 夕食は五時。食事は寮棟十二階の食堂で給食をとる。周囲を展望する最上階にあるためちょっとしたホテルのラウンジだ。

 といっても見渡せるのは雪で覆われた広葉樹林と山々。もう日は落ちつつあり暗い景色だ。

 すぐに飽きるものだと紘香は思うがステイシーには感動ものだったようだ。

「体育の時間に雪合戦とかないのかな?」

「この時期は体育館での授業だけだよ」

「何でなん? もったいない」

 グラウンドに出たら犬みたいに走り回るのだろうか。

「校舎によっては、たとえば富良野ふらの校ではスキースノボの授業があったりするようだけれど、ここはなし」

「エリートは体を動かさんちゅうわけやな」

「そういうこと」

 本校は教団の指導者を養成する機能を併せ持つ。ここでのスポーツはテニスが主流で、時期によってはゴルフや乗馬などがあった。雪合戦など思いつくはずがない。

「にしても静かやな」ステイシーが声を潜めた。「食器の音しかせえへんやんか」

 席は自由で、友人とともに夕食をとって良いはずだが話し声はほとんど聞かれない。

 ところどころに一人ずつ坐って食事をしている教官を意識しているのだろうが、ここを初めて訪れた生徒には奇異に映るかもしれない。

 やがてその静けさが安息から緊張に変わる瞬間がやって来た。

「うわ、生徒会長さんや」ステイシーの囁きがよく通った。

 二年生の一団。先頭にステイシーに並ぶくらいの長身ショートカットの美少女がいて、奥にあたかもリザーブされていたかのように空いていた一画へと導く。

 すぐ後ろにいる額出しシニヨンの美少女が生徒会長だった。

 取り巻きを含む五人。いずれも二年生だが食事をしていた三年生も含めたほぼ全員が手を止め彼女らに一礼した。

「みなさま、ごきげんよう」生徒会長が微笑む。

 地味な顔立ちであるのに品の良さが、ある種のオーラを放つ。一人一人を見れば取り巻きの四人の方が美人なのに目を引くのは真ん中にいる生徒会長なのだ。

 その生徒会長紀伊埜本きいのもとあすかが紘香に気づき、少し回り道をするかたちで紘香とステイシーがいるところへ来た。

「伊佐治さん、ごきげんよう。いついらしたの?」

「一時前です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「良いのですよ、ご活躍の女優さんなのですから」

「畏れ入ります」

「先日実家に帰りました際に拝見しましたわ。あなたが出演なさっている映画を」

 紀伊埜本きいのもと生徒会長はディスク鑑賞したようだ。紘香がまだ小学生だった頃の映画だ。

 あの頃の自分の方が今より美しいと紘香は思う。いずれは大女優と絶賛されていたが現実は程遠い。

 生徒会長一行は適当に一言二言口にして奥の席へと移動していった。

「ちょっと待ち」再び二人になるなりステイシーが興奮したように喋り出した。「似た名前かと思ってたら、あんた、ROCAロカやったんか?」

 その名はバンドを組んでから名乗っている。

「そうよ」

「後でサインして」

「意外とミーハーなところがあったのね」

たこう売れるやん」

「そこかい!」

「ちょっとちゃうな、そこかい!や」ステイシーが言い直した。

 二人して笑う。周囲にいた生徒たちは見て見ぬふりをし黙食していた。

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