#2

 指定の教室には十人程生徒が着席していて、見事なまでに私語ひとつなく、微動だにせず教官が現れるのを待っていた。

 そこに紘香とステイシーの二人がガタゴト音をたてて入り、後ろの空いている席についた。

 何人か知っている顔はいる。しかし全員が教卓の方を向いていた。席は自由に着いて良いが、前に坐るほどやる気があると見なされる、という根拠のない噂のために誰もが最前列の席を争った。

 遅れてやって来た二人は真ん中より後ろの席に着くしかない。


 最初の時間は古文だった。

 午前中に研修会開会式やらホームルームは済んでいる。おそらくステイシーもそれに参加したはずだ。

 遅れてきた紘香だけがいきなり授業の洗礼を受ける。それも慣れた出来事だったが。

 やることは一年次のおさらい。通常の生徒ならまたかと思う内容だが欠席の多い紘香には新鮮だった。教科書から抜粋したと思われるプリントを使って授業をするようだ。

ひいらぎさん」

 いきなりステイシーが音読の指名を受けた。昨日から来ている生徒の中では彼女が最も遅れてきたと見なされたからだろう。

 ステイシーは「はい」と良く通る声で返事をし、おもむろに立ち上がり、読み始めた。

「雪のいとたこう降りたるを……例ならず御格子みこうしまゐりて……」

 紘香はプリントから目を離し顔を上げた。

 想像以上にに読んでいる。異国の血が混じった凛々しくも美しいその顔から流暢にリズム良く物語が語られる。おそらくステイシーは幼い頃から日本で暮らしてきたのだ。

 ただ、なまっている。それは英語やフランス語といった彼女の外見のイメージとは明らかにかけ離れた訛り。

「大阪弁やんけ!」紘香は思わず似非えせ関西弁を洩らしていた。

 聞いている他の生徒たちの反応が様々だ。驚き、当惑し、そして最後には嘲笑。この学園の敷地から出たことのない少女たちのリアクションだった。

 ステイシーは周囲に目を向けることなく、教師が止めなかったこともあり、その節の最後まで読みきった。

 読み終えた後、立ったまま顔を教師に向ける。そのたたずまいはさながらジャンヌダルクだった。

 紘香は彼女のドヤ顔を眩しく見つめた。

 ステイシーが着席してからは何事もなかったように平穏な授業が続いた。

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