ロカステ!

はくすや

青い目の麗人

#1

 目を開けると車外はすっかりモノクロの雪景色になっていた。

 いつの間にか女性マネージャー木崎きざきの肩に頭を預けていたことに気づき、紘香ひろかは頭を起こした。

 車はすでに一般道に下りていた。

 今日から一週間、研修という名目で信州奥地で過ごすことになる。長期休暇の度に出席日数不足を補う学校生活が続いている。

「やっと休みがとれて良かったじゃない」

「そうね」

 木崎の皮肉への返しもいつも通りだ。

 バンドを組んでから睡眠時間三、四時間が当たり前になっている。もちろん授業などろくに出られない。だからまとめて補習だ。それも東京校ではなく、わざわざ長野本校まで来て寮に泊まり込む合宿なのだ。

 研修に参加するのはほとんどが他の校舎で優秀な成績を修めいずれは本校に転入することを約束された生徒なのだが、一部例外的に紘香のように出席不足を補うための生徒もいた。

 紘香にしてみれば睡眠時間がふだんより確保されるが、勉強は勉強で、また煩わしいことこの上ない。

 紘香の憂鬱な気分は冬景色にあおられていっそう沈下していくようだった。

 車は見慣れた門を通過し、学園の玄関口へとついた。

「ありがとうございました」

「良いお年を、だね」木崎が笑った。

「あ、そうですね、良いお年を」

 次会うのは年が明けてからになる。

 紘香は車を見送ると、スーツケースを転がした。

 すでに初日は始まっている。仕事の都合で初日午後からの研修参加だ。紘香は荷物を部屋まで運んだ。

 同室者は誰だろう。一年生は二人部屋になっている。中等部の頃から年に三回は研修を受けていて、顔馴染みの子もいた。ただどこへ行っても何度参加しても友だちはできない。

 初等部から数えて十年近くこの聖麗女学館に通っているが思ったことを言い合える仲になったのはわずかに二人だった。それも友だちというよりは仲間と言った方がふさわしい。

 ほとんど登校していないのだからそれも仕方がないだろう、と紘香は自らの性格によるものとは考えないようにした。

 荷物を部屋に置いたらすぐに校舎に向かおう。間もなく一時だ。

 すでに車の中で本校スタイルにはなっている。コンタクト禁止なので黒フレームの眼鏡をかけ、髪は三つ編みだ。コートを脱げば膝丈の制服に黒タイツ。

 かつて天才子役と言われ今はガールズバンドのボーカルもしているROCAロカこと伊佐治紘香いさじひろかだと誰も気づかない。いや、気づかないのは単にこの学園の生徒も教師も俗世間に極端に疎いからだった。

 紘香は寮のロビーで受け取ったカードを使ってエレベーターに乗り自室のある階へ来た。

 この寮も校舎もカードがないとエレベーターすら乗ることができない。教室に入る際にもカードタッチが必要だった。

 部屋番号は七〇八。タッチして扉を開けると、ちょうど部屋を出ようとしていたらしい女子と鉢合わせした。

 スーツケースを押すようにして少し前傾していたこともあるが目を合わすために紘香は見上げねばならなかった。

 相手は紘香を見下ろしている。身長は一七〇を超えているのは間違いない。ここでは禁断の明るい茶髪に薄い青色の瞳。純日本人でないことは明らかだった。

「こんにちは」と紘香は見上げたままの格好で間の抜けた声を出していた。ハローとでも言った方が良かったのか。

「はじめまして」彼女はゆっくりと名乗った。「ひいらぎステイシー」

 なまりがあるのは確かだが、紘香はある種の違和感を覚えた。それが何か検討する時間はなかった。

伊佐治いさじです。よろしく」と最低限の挨拶だけ交わして、二人は午後の授業に出るために揃って部屋を後にした。

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