通訳は難しい
「さて、到着したのじゃ」
ロザリーに連れられてやってきたのは、森の中にある開けた場所。
辺り一面に広がる草原の中に、ポツンと佇んでいるのは……
「……小屋?」
「失礼なことを言うでない。 これがゴブリン達の執務棟じゃ」
「へぇー」
ゴブリンの建物はボロくて小さい、というイメージがあったが正直予想以上だった。
何でもロザリーが言うには、ゴブリン達は基本焚き火の周りで眠る生活なのだとか。
だから基本的に住居自体を必要とすることがあまりないらしい。
「さて、お主らはここで待っておけ」
「「「は!」」」
ボディーガードとして何人か連れてきたオークの男たちは、身体が大き過ぎて小屋の中に入ると窮屈になるからだろうか?
外で待機しておくようにロザリーに命じられていた。
「さて、行くぞアリス。 お主の手腕に期待しておる」
「うーん。 努力はするけどゴブリンに通じるか分からないよ? 私自身よくわかってないし」
「よいよい。 最悪、妾がどうにかフォローしてやる」
ロザリーに連れられてボロボロの執務棟の中に入ると、そこには机に向かって黙々と書類整理をしているゴブリン達がいた。
小さい背格好に特徴的な鼻と緑色の肌。 そして、醜い容姿。
そんなゴブリン達の姿は、私のイメージ通りだ。
私たちに気がついたゴブリンが忙しなく動き始める。
大方ロザリーが来たから挨拶しているのだろう。
ロザリーも慣れているのか、軽く手を上げて返事をした。
「ねぇロザリー? あのゴブリンたちは何をしているの?」
何やらゴブリン同士で向かい合い、自分の身体を触ったり、首を振ったりしているゴブリンの動作を不思議に思いロザリーに質問してみた。
「あれはゴブリン達が行う意思疎通の一種じゃの。 以前伝えたように、ゴブリンらは基本的な意思疎通を肉体言語で行うのじゃ」
「へぇ……面白いね。 じゃああの動きは?」
「恐らく……妾達とどのようにコミュニケーションを取るのか議論しておるのじゃろう。 例えば『こんにちは』という時、ゴブリンは首を振る。 そして、『ありがとうございます』なら右手を上げるといった具合じゃな。 妾とて詳しくは知らぬ。 ちなみにじゃが、理解できるか?」
ロザリーに促されるがまま、肉体言語での会話に勤しんでいるゴブリンを見てみるけど……意味はさっぱり分からなかった。
「うーん。 流石に肉体言語までは理解できないみたいだね」
「ふむ……まぁそちらの方は端から期待しておらぬ」
しばらくすると一人のゴブリンがこちらに駆け寄ってきた。
…………ん? 今、私の方を睨んだような……。 気のせいかな?
「ええと……アリス。 今から妾が言うことをそのままゴブリン達に伝えてくれ」
「うん。 分かった」
私はロザリーの言葉に耳を澄ませる。
「ええと、まずは自己紹介からじゃの。 妾はロザリー。 オーク族を束ねる女王じゃ。 以前会ったことがあるかの?」
「オヒサシブリデス。 ワタシタチハ、ゴブリンデス」
……わお。
以前ロザリーが言っていたようにゴブリンの言語はカタコトらしい。
まぁ理解はできるんだけど、オーク達に比べてなんか聞き取りにくい。
「……今回やって来たのは他でもない。 他のゴブリンの集落で辻斬りが現れたらしいのじゃ。 知っておるか?」
「ツジギリ?」
首を傾げるゴブリン。
どちらかというと辻斬り自体がわかってない様子だったから、私は「簡単に言うといきなり表れて人……いや、ゴブリンを殺す奴のことかな」と補足しておいた。
「ソウ、デスカ」
その時、ゴブリン達の表情が微かに曇った。
多分ロザリーもそれを感じ取ったんだと思う。
「……何かあったのかの? 話せる範囲でよいから聞かせてほしいのじゃが」
「……ワカリマシタ。 デハ、コッチヘ」
そう言って歩き出したゴブリンの後に続いて、私たちは執務棟の奥へと進むのだった。
「これは……ここにも来ておったのか」
「酷い……」
案内された場所は、まさに地獄絵図だった。
本来住居を持たないはずのゴブリン達の集落に建てられた、粗末ながらも大きな建物の床には複数のゴブリンが横になっている。
「……これは一体?」
「……ニンゲンノオトコガハイッテキテ、コロシタ」
その言葉に私は自分の耳を疑う。
「人間の……男? ……それは確かな情報なの?」
「……マチガイナイ」
その言葉に私は絶句する。
最早人間と魔族の争いは終わり、停戦協定が結ばれた。
そんな現在において魔獣などに襲われた、というのならまだしも魔族が人間に襲われるなんてことは考えられない。
ましてやここは魔族領だ。
人間が迷い込む可能性は極めて低いだろう。
「……一体どうして」
「アリス。 少し下がるのじゃ」
「え? ……うん」
ロザリーに言われて数歩下がると、変わるようにボディーガードのオーク達が私の前にやってきた。
「……落ち着くのじゃゴブリン達。 確かにこやつは人間じゃが、お主らの言う人間とは違うじゃろ」
「……ッ!」
ロザリーの言葉でようやく気がついた。
私を憎悪のこもったような強い視線でゴブリン達が私を睨みつけていることに。
ロザリー達が止めていなければ今にも飛びかかってきそうなほど殺気が溢れていた。
「ロザリー……これってどういうこと?」
「……分からぬ。 じゃが、ゴブリンの理性は脆弱で基本的に感情で行動する。 大方今はその怒りが人間であるお主に向けられていた、ということじゃろう」
「うぐ……どうしたら」
そうやって悩んでいる間にも、ゴブリン達は私へと憎悪の視線を向けてくる。
その中には『ユルサナイ』と叫びながら目に涙を浮かべている者もいた。
「とにかくできる事はない。 ……今日のところは帰るしかないの」
「でも……」
私はロザリーに引っ張られるままに馬車へと押し込まれ、ゴブリンの集落を後にしていくのだった。
「すまぬの……」
ロザリーの弱々しい謝罪の声を聞きながら。
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