エルフの少女レイラ
「まずは……すまなかった!」
「いえ……こちらこそすみませんでした」
目の前で頭を下げるオークの男性。
ロザリーが集落のオークたちに私たちの事情を説明したところ、先程私を脅かしていたオーク達が謝罪をしにやってきた。
勿論、早とちりした私も悪かったのでお互いに謝っているうちになんだかどうでも良くなって笑ってしまった。
「しかし……あの子はなぜ俺達の前から逃げたのだろうか……」
「えっと…………なんか怖かったらしい……ですよ?」
「「「……え?」」」
「……え?」
自分たちが怖い見た目をしている、などと考えたことが無かったという様子のオーク男衆を見て素で驚いてしまう私。
どうやら自分を客観視できていたのはロザリーだけのようだ。
ちなみにそのロザリーは今、私とは少し離れたところで座っているエルフの少女の好感度を少しでも上げようと奮闘している最中だ。
尤も、少女は警戒した様子で私の方に助けを求めるかのようにチラチラと視線を向けているのだけど。
まぁ頑張れ! ロザリー!
★
その晩、私達はオーク達の宴へと招待されることとなり、その時になってこれまで何も食べていなかったことを思い出した私は、男女たくさんのオーク達と共に色々と盛られた料理に舌鼓を打っていた。
「うーん、美味しい! ロザリー、これ凄くおいしいよ!」
「口にあって良かったのじゃ。 お主はどうじゃ? 小さいの?」
「えっと……エルフちゃん? ロザリーが味はどうか、だって?」
私がロザリー達の言葉をそのまま少女に問いかけると、少女はコクコクと小さく首を縦に振った。
ふむ……私事ながら本当に不思議な力。
「しかし……名前がない、というのは中々に不便じゃのう……どうじゃ? いっそのことここで命名してみる、というのは?」
「うーん……。 この子の意思もあるからな……。 ねぇエルフちゃん。 あなたは何か付けてほしい名前、とかある?」
少女はしばらく考える素振りを見せた後、やがて思いついた様子でパッと表情を明るくする。
「ライラ! ライラが良いです!」
「了解! ロザリー! この子、ライラっていう名前がいいらしいよ?」
私がそのままの内容をロザリーに伝えたところ、ロザリーだけでなく周りのオーク達の喧騒さえも、一瞬にして掻き消えた。
……え? 何事!?
「あの……。 ロザリー?」
私が恐る恐るロザリーに声をかけてみると、皆がハッとした表情を浮かべて再び騒ぎ始める。
うーん……。 明らかに異様だ。
「えっと……ロザリー? どうしたの? ライラっていう名前が何かいけなかったのかな?」
「いや……その……いけなかった、というわけではないのじゃが……」
ロザリーは分かりやすく困った表情を浮かべる。
少しの間をおいて、ロザリーはゆっくりと口を開いた。
「ライラ、という名前はかつて人類と戦争を行っていた頃、魔族を先導して人類への憎悪を焚き付けていた魔王の名前なんじゃ」
「……魔王? そんな人がいたの?」
「ああ。 数十年前に魔族の革命によって処刑されたが……今でもその名前は忌避されるほど、一部においては嫌われておる」
「へぇ……知らなかった。 もしかして、その魔王が処刑されたから人類との講和が成功したの?」
こくり、と首を縦に振るロザリー。
「そうだったんだね……。 私たちの世界では、歴史教育は好き者が行う趣味みたいなものでね、大まかな流れみたいなものを教えられたらそれで終わりなんだ」
「人間は魔法技術の発展を重視しているようじゃし、知らないのも無理はない。 そもそも魔王ライラの事を知っている者は多いが……本当に忌み嫌っているのは一部のみじゃ。 じゃがまぁ……その名をつけると色々と確執が生まれてしまうじゃろうな……」
「なるほど……」
この子の将来で余計な確執を産まないためにも、心苦しいがここでは我慢してもらうのが得策ではないだろうか?
「えっとね? エルフちゃん。 どうしても、そのライラっていう名前がいいのかな?」
私が尋ねると、少女は一片の曇りもない笑顔で「うん!」と答えた。
うぐ……。 私はこれからこんな可愛らしい少女の意見を否定しないといけないのか!?
「……その名前に何か思い入れがある、とか?」
私が質問すると、少女は口元に指を当てて少し考え込んだ。
そして、しばらくして少女はポツリと呟いた。
「……ママ」
「……ママ?」
「なんか……ママが良く言ってたような気がする」
「……ん???」
少女の言葉の意味が全く理解できなかった私は、助けを求めるようにロザリーの方を向く。
しかし、ロザリーにも意味が分からなかったようで首を傾げていた。
「あの……ロザリー。 魔王ライラに娘がいた、ってことはないの?」
「聞いたことはないの。 それに、仮に娘がいたとしてももう少し大きくなっておるじゃろうて。 子どもじゃし……記憶違いではないのかの?」
「うーん。 でもこれ以上は聞きにくいな……」
「そうじゃの……」
何となくの直感だけど、これ以上少女の「ママ」について聞くのは良くない気がする。
でもとりあえず……
「ごめんね。 やっぱり違う名前でもいいかな?」
私が謝ると、少女は少し寂しげな顔をした後、「分かった……」と小さく返事をした。 その後、少女は俯いて黙ってしまう。
……罪悪感で死にそうだ。
「そうじゃ! レイラ、という名前ならどうじゃ?」
正しく渡りに船。 完全に否定するよりかは幾らかマシだろう。
ロザリーからのアイデアを私は即時実行に移した。
「ねぇ、エルフちゃん。 ライラじゃなくて、レイラってのはどうかな?」
「……レイラ?」
「そう! 可愛くていい名前と思うんだけど……」
「うん! いい名前だと思う!」
少女は、満面の笑みで私の手を握る。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「レイラちゃん? この名前はロザリーお姉ちゃんが考えてくれたんだよ!」
「ほんと! ロザリーお姉ちゃん! ありがとう!」
「あ、ああ……。 喜んでくれて良かったのじゃ」
「ふふっ」
「むぅ……」
言葉が通じないながらも、少女の無垢な笑顔を向けられたロザリーは、照れくさそうに頬を掻いていた。
そんなこんなで、身元不明のエルフの少女の名前はレイラに決定したのだった。
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