ちょっと怖いよロザリーさん

「おっと、申し遅れたのう。 妾の名はロザリーじゃ。 お主は?」

「私はアリスです。 ええと……ロザリー……様?」

「ロザリーでよい。 それに敬語もいらぬ」


 ロザリーは恐らく高貴な身分のはずなのにえらく接しやすい。

 魔物は人間に比べて外見で年齢が判別しにくいけど、もしかしたら同年代くらいなのかも。


「しかしお主は珍しいな。 人間がこの地にいる、というだけでも珍しいのに我らの言語を話すことができる、なんての」

「あー、それは……私も良くわからないんだよね」

「分からない?」


 小首を傾げるロザリーに、私はこれまでの経緯を全て話した。


「ふむ……転移魔法、か。 人間の魔法技術の進歩は凄まじいの」

「まぁ私は失敗したんだけどね……」


 苦笑しながら、私は自分の失敗を心の中で悔いる。


「まぁ良い。 さてアリス、まずは誤解を解いておこう。 そこの娘にひどい痣をつけたのは妾達ではないぞ? 寧ろ昨夜どこからともなく現れたその娘を保護していたのだが……何故か今朝になって逃げ出してな……」


 緊張の糸が切れたのか、私の膝の上で寝息をたてて眠っている少女をロザリーは指差す。


「保護? それに逃げ出したって……」

「あぁ。 先に確認なのじゃが……お主は特にこの娘とは関係がなく、ただ善意で助けようとした、ということでよいか?」

「うん。 だって……可哀想だったし」

「ふむ……」


 私の返答を聞いて考えるような素振りを見せるロザリー。

 やがて意を決した様に口を開いた。


「見ての通りこの娘はエルフで妾達はオークじゃ。 いくら魔族と一口に言っても種族が違うとなっては言語の面で問題があっての……」

「なぁるほど……ってあれ? 私の記憶が正しければ、魔族にも公用語が無かったっけ?」


 魔族がまだ人類と戦争を行っていた頃、魔族間で交流をするために作られたという話を聞いたことがあるような……。


「残念ながら、公用語をしっかりと習得しておるのは、他種族との交流を行う時にそれを主導する長達のみじゃの。 普通の者共が学ぶようなものではない」

「へぇ……」

「妾達は人型に近いからまだマシじゃが、ゴブリンやコボルトのような亜人種ともなれば、対話が成立するのは本当に一部のみ、ということもままある。 まぁ、そもそも奴らは情報伝達手段を会話で行う、という概念自体持ち合わせておらんがな」

「ふーん」

「まぁとにかく、初対面なのにそこの娘に随分と信頼されていた様子のお主が、こちらとしても気になっての。 対話の機会を設けさせてもらった」


 なるほど。 ロザリーが私を呼んだ理由にようやく合点がいった。

 しかしながら……あとひとつだけ引っかかるところがある。


「あのさ。 そういえば、どうしてこの子はロザリー達オークから逃げたの?」

「…………」


 私がその疑問を口にすると、途端にロザリーは押し黙った。

 ……え? 私、何か聞いちゃいけないこと聞いた?

 自分が何かしらのマズイ発言をしてしまったのかと当惑する。

 そして、しばらく沈黙が続いた後、ロザリーは重々しく口を開く。


「その妾達…………じゃろ?」

「……え? 何て?」

「……じゃから! 妾達の顔が……怖いじゃろ!」

「……はい?」


 顔を真っ赤にして叫ぶロザリーの言葉の意味が分からず、私は思わず聞き返してしまう。


「じゃから……妾達の顔が怖かったから逃げ回ったんじゃろ!? こっちとしては、早くこの娘の警戒を解きたくて言葉が通じないにしても色々話しかけたりしていたのじゃが……そしたら急に逃げ出して……うぅ……」

「あー、そう言う事ね」


 どうやらロザリーは自分の顔にコンプレックスを抱いているようだ。

 確かにオークの顔は全体的に彫りが深く、優しい印象というよりは精強な戦士というイメージが強いかもしれない。

 ロザリーは美人ではあるが、どちらかと言えば人を寄せ付けない高嶺の花、という雰囲気が強い。


「お主までそんなことを言うか……。

 もういい……帰ってくれ……」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ごめんってば……」


 泣き出しそうな表情を浮かべるロザリー。 既に先程までの冷静沈着な女性というイメージはどこかへと吹き飛んでいた。


「じゃあさ! この子に聞いてみようよ!」

「ふむ……」

「ほら、起きてるんでしょ?」


 私の言葉に、膝の上の少女はビクッと肩を震わせた。

 しばらくはそのまま寝たフリを続けていたが……やがて観念したかのようにムクッと起き上がった。


「む? いつから起きていたのじゃ?」

「うん? 多分最初から。 なんかずっと違和感があったし」

「お主……意外と意地が悪いのう」

「しょうがないでしょ? 不安で眠れるわけないじゃん。 怖い人が来ちゃったんだから」

「うぐ……まぁそれもそうか」


 私の言葉に少し頬を引き攣らせるロザリー。

 だが少女の方はそれどころではないらしく、「あわわ……」と口をパクつかせている。


「えっと……私たちの会話分かったかな?」

「えっと……ごめんなさい。 よく分からなかった……です」

「あー、やっぱりかー」


 予想通り、少女はオーク語を理解していなかったようだ。 「何を話しておるか妾にも教えてくれ」とそわそわした様子のロザリーを宥めながら、私は少女に質問した。


「えっと……あなたは何でオークさん達の元から逃げちゃったのかな?」


 少女の目をしっかりと見つめながら、ゆっくりと尋ねる。

 少女は一瞬躊躇ったが、やがてポツリと話し始めた。


「だって……怖かったから……」

「………………ごめんね。 もう一回聞いてもいいかな?」

「怖かった……から」


 どうか聞き間違いであってくれ。 そう願う私であったが……少女の返答は全く同じものであった。


「どうじゃ? どうじゃった!?」


 先程よりもそわそわを増したロザリーが私に尋ねてくる。

 えっと……どうしよう……どうしたらいい!?


「えっと……ね。 その……怖かった……って」


 迷った挙句、そのまま素直に伝えることにした私。

 どうやらそれは下策だったようで、明らかに意気消沈したロザリーの弱々しい「そうか……」という返答が聞こえてくるのみだった。

 ……ごめんねロザリー。 私、こんな時どういう嘘をつけばいいか分からないの。


 その後、なかなかの時間をかけてようやく立ち直ったロザリーによって、とりあえず私と少女はオーク達の集落で保護される事になるのだった。

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