オークの姫、ロザリー
なぜエルフ族である目の前の少女と会話が成り立っているのか、そう当惑する暇もなく、彼女が先程までいた茂みの方から何かが近づいてきた。
「いたぞ! あっちに逃げた!」
野太い声と共に、大きな影が近づいてくるにつれて抱き寄せた少女の身体が強張っていくのが分かる。
かくいう私も得体のしれない恐怖に足が震えるのを感じた。
そして……遂に姿を現したのは2メートルを優に超える筋骨隆々の大男の集団。 特徴的なその緑色の肌は、彼が魔族のオークであることを明らかに示していた。
「……人間? なんで人間がこんなところに……」
「妙だな……。 こんな山奥になぜ人間が?」
彼は私たちの姿を見ると怪しげに目を細める。
「……あなた達、この子と何か関係があるんですか?」
「……!? お前……なんで言葉が……?」
その理由は私だって知らない。
「どうだっていいでしょう?」
「……まぁそうだな。 それに言葉が通じるなら話は早い。 なぁ人間さんよ。 悪いがその少女をこっちに渡してくれないか?」
「……なぜですか」
「何故って……そりゃ、俺達がその子の保護者だからだよ」
「……? この子……あなたの子どもじゃないですよね?」
「あぁ。 だが、色々と事情があってな。 詳しいことは言えないが、ともかくこちらに引き渡してくれないか?」
明らかに怪しい。
仮に彼らが保護者だとすれば、私の手中で怯え様は異様すぎる。
「嫌です」
「……まぁそう言うと思ったよ。……悪いが力づくでも連れて行く」
「やってみたらいいじゃないですか。 この杖を見てもそれが言えるなら」
私は手に持った杖を見せつけるように振りかぶる。
魔法大学を退学した私の使える魔術なんて、一般人に毛が生えた程度だけど……本来魔術は人を殺すために編み出された技術。 多少の脅しにはなるはず。
とどのつまり……ハッタリだ。
現に今も身体中から冷や汗が止まらないでいる。
「……めんどくせぇ。 悪いがあんたこそ、こっちにどれだけのオークがいるのか分かってんのか?」
「はっ。 それがどうかしましたか? そちらこそ、一人の魔術師を殺すためにその程度の頭数で足りると本気で思っているのですか?」
「……舐めやがって。 おい、あいつを囲んじまえ!」
リーダー格の男が指示を出すと、周りのオーク達は私を取り囲むような隊列を作り出した。
どうやら私のハッタリも彼らの勇猛さの前には無力だったようだ。 というか……普通にまずい。
「……ごめn」
「よすのじゃ。 ここで人間と揉め事を起こすことは得策ではない」
全て諦めて投了しようとしたその時、凛々しい女性の声が響き渡り、オーク達全員がそちらへと視線を移した。そこには、一際目立つ金色の髪をした緑色の肌の美しい女性が立っていた。
恐らくはオーク族の女性だろう。
「ロザリー様!……しかし」
「黙るのじゃ」
男オーク達を一喝した後、ロザリーと呼ばれたその女性は優雅な動作で私の方へと近づいてきた。
「危険ですロザリー様! その人間は魔術師ですよ!」
「問題ない。 確かにお主らでは敵わぬかも知れぬが……妾なら問題はない。 寧ろお主らが危険じゃから先に戻っておけ」
「分かりました……」
彼女に従うように他のオーク達が次々と退散していく。
立ち居振る舞いからその実力が伺える女性の行動を私は固唾を飲んで見守っていた。
「……そう固くなるでないぞ人間。 なに、妾は何もお主と戦おうと思ってこの場に現れたわけではない」
「……へ?」
全てのオークが退散したのと同時に述べられた予想外の言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「なんじゃ? もしや妾がオークだからお主に危害を加えようと企んでいる、とでも考えたのか?」
「えっと……はい」
正直のところそうだ。
「ははっ、面白いことを言う奴じゃな。
安心せい、我らオーク族は誇り高き戦士の一族。 例え相手が誰であろうと、女子供に刃を向けるなどということは……基本的にせぬ。 まぁ、お主ら人間にそのイメージはないじゃろうな。 先の大戦では人間にと多くの危害を加えた魔物であるわけじゃからのう」
コロコロと上品に笑う女性を見て、反応に困ってしまう私。
「あの……それならどうして私と話を?」
「それは勿論、先程言った通り、争いに来たのではないからじゃ。……少し場所を変えよう。 ここでは落ち着いて話が出来そうもないからのう」
戦闘を回避できるのならば、この際なんでもいい。
「先に言っておくが、先程の男衆とてお主に本当に危害を加えようとしていたわけではないぞ? ハッタリをかましていただけなのじゃ。
「うぐ……」
「まったく……。妾とて見ていてハラハラしたぞ? 正義を振りかざすのは大いに結構じゃが、それを押し通す実力もなくそれをするとは……」
「あはは……なんか気が抜けて膝が……」
ハッタリが見抜かれていたことを恥ずかしく思いながら、とりあえず危険が去ったことに安堵した私は、そのまま崩れ落ちるのだった。
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