第309話 大きな壁
アーシェの足は、次の1歩を出せずにいた。
クロウの言葉が、彼女を止めていたのだ。
「あなた、今、なんて。」
「聞こえなかったか?俺のことを殺せって言ったんだよ。」
「あなた、冗談にも程があるわよ!何を言っているのかわかってるの!」
アーシェの怒号がクロウの脳に突き刺さる。
「分かってるに決まってんだろ、俺はアーシェの相棒、そして俺は向かわせたくない場所にお前を向かわせようとしてる。だったら、この命を懸けてでも止めるのが相棒の務めだ。」
「あなた、馬鹿じゃないの!今まではウェルダンにするとかで済ませてたけど、今回はその命を奪うのよ!」
「構わねえよ、レイヴァーのリーダーとして、アーシェの相棒としての責任を果たすだけだ。悔いはない。」
クロウの冷静さ、そして氷のように冷たく鋭い言葉がアーシェを混乱させる。
(何、何を言っているのクロウは。私は殺せないとたかを括ってるの?それとも本気で殺されることを躊躇してないというの?分からない、今の彼が考えてることが、何も分からない。)
その混乱は、言葉にも現れていた。
「あ、あなたはおかしいわ!私に殺されたら、他の4人を路頭に迷わせることになる、それはリーダーとして正しくないんじゃないの!」
「確かにそうかもしれないな。けど、大切な1人の相棒すら守れない俺が、4人の未来を作れるとは思えない、それにリィンやノエルは俺より頭がキレる、心配はいらねえよ。」
「だからって、レイヴァーのリーダーはあなたしかいないわ、あなたの代わりは存在しないってこと理解してないわけじゃないでしょ!」
「そうだな、俺の代わりは存在しない。けど、俺を引き継いでくれる奴らはレイヴァーの中にいる。さあ、急がねえとあいつらも不振がってここに来ちまうぞ、さくっと終わらせようぜ。」
「っ!?」
クロウの目は真剣そのもの。
その姿に、アーシェは気圧されいつもの強気な姿勢で話すことが出来なくなっていた。
(何なの、本当に理解が出来ない。自分が死ぬってことをさくっとやるですって、死ぬのが怖くないの?それとも、本当にただのバカなの?だめ、理解が追い付かな過ぎて、考えがまとまらない。)
「ほら、撃ってくれよ。お前の道を邪魔しているのは、俺だけだ。つまり、俺を排除すればアーシェの望む道は開ける、最後の壁をぶち壊していけ。」
「くっ、そこを退いてって言ってるのよ!あなたの命を取る必要はない、あなたが死ぬ意味もない、不殺の掟を守れとか言っておいて私にあなたを殺せなんて言うのは……ずるいわよ。」
「……そうだな、俺はずるいことを言ってる。でも、今アーシェが向かおうとしてる場所に辿り着いたら、レイヴァーから抜けるってことと同じだろ。そしたら、不殺の掟を守る必要もなくなる、お前の自由に判断すればいい。」
「なんで、何であなたは私のことを混乱させるの!初めて出会ってから、命を助けられてから私は、あなたに混乱させられっぱなしだわ。自分の知らない感情に苦しめられて、他人を大切に思えてしまって、あなたの……そばにいることが当たり前になってた。」
アーシェの気持ちが爆発する。
その言葉を、クロウは静かに聞いていた。
「こんな私を私は知らない、今までの私はこんなんじゃなかった、なんで、何で私の事を変えたの。私がしたかったのはーー。」
「復讐、だろ。両親を失墜させたハデスに対する復讐、そのためだけに生きてた。それが、俺が会う前の、アーシェ・ヴァン・アフロディテだった。けど、今の俺の知るアーシェは違う、仲間のため、いや、苦しんでる人のために命を張って力を使える、どんな危険な場面でも臆さず、仲間を信じて戦える戦士が今のアーシェだ。」
「違う、それは私じゃない!私は、復讐に憑りつかれた前魔王ザインの娘、目的のためなら手段を選ばない、私は、その為だけにあなた達を利用してきた!」
「だったら、俺を殺すのだって変わらないだろ。アーシェの目的を邪魔する1人の人間に過ぎない、早く終わらせようぜ。じゃないと、後ろを見てみろ。」
スッ。
アーシェが視線を背後に向けると、
「いた!アーちゃんとクロくんだよ!」
「まさかこんな時間に動くとは、私たちの読みが甘かったな。」
サリア、ノエル、ミラ、リィンが迫っているのが見える。
「ほら、あいつらに追いつかれたら余計に時間がかかるぞ、簡単なことだ、その手に宿ってる魔法を俺にぶつければ俺は死ぬ。3秒も掛からないだろう、さぁ。」
アーシェの顔は不安と恐怖にかられ、手も震えている。
「お願い、最後の忠告よ、そこを退いて!」
「四の五の言わずに撃て!お前の道を切り開くのは、お前自身だ!」
「くっ!」
シュインーッ!
魔力がさらに高まる。
「そうだ、それでいい。」
「っ、く。」
アーシェの歯に力がこもり、空いてる手で魔力を溜めている手を支える。
そして、
「はぁぁぁ!!」
バゴーンッ!
アーシェの掌から魔法が放たれた。
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