第308話 殺せよ

クロウはアーシェがどんな判断を下すか予測できていた。


これまでの数ヶ月は、これまでも、これからも超えることはないだろう濃厚な内容だった。



そんな中常に一緒に生活を共にした相棒の考えを、クロウが理解できないわけがなかった。



「クロウ、なんでここに。」

「それはこっちのセリフだよ、アーシェ。もう月がてっぺんにつく時間だ、そんな真夜中に1人でどこへ行くつもりだ?」

「……関係ないでしょ、夜風に当たってくるだけよ、眠れなくてね。」

「うーん、半分は本当で半分は嘘だな、その顔は。」



いつにもなく、クロウが鋭いとアーシェは感じる。


(なに、いつものクロウと何か違う、違和感というより、もしかして怒ってる?私の考えが読まれてるとでも言うの?)


「それはあなたの思い違いよ、私がクロウに嘘をついたことがあったかしら?こんな大切な時にーー。」

「大切な時だからだよ、アーシェが俺に嘘をついたことは確かにほとんどない。俺の間違いを正してくれる存在だからな。けど、1度だけ脳みそに焼きついてる嘘があるぜ、ギルに連れ戻された時だ。」

「っ!?」


アーシェの中に、ギルに連れ戻され自分は死ぬのだと覚悟した時の記憶が思い出される。


その時は、クロウとサリアが乗り込んできて説得をされた。


そこで、アーシェの頭にも焼きついた言葉。



俺を、俺たちを選べ!アーシェ!もう決めたんだ、お前とどこまでも生きていくって!お前はどうだ、アーシェ!


クロウはその時から覚悟を決めていたのかもしれない。



だが、アーシェの中には恐怖が渦巻いていた。



「アーシェ、お前は大切な時、特に自分が犠牲になればどうにかなるって場面だと、迷わずに嘘をつくんだよ、自分のためじゃない、俺たちを守る為に。」

「それは偶然だわ。私が今から何をするかなんて、あ

なたに分かるわけがないーー。」

「ハデスのところに行くんだろ?そして、ハーデンとの婚約を受けて、俺たちを生かせる。そんなとこだろ?」

「な、そんなわけないじゃない!それに、誰と婚約しようが私の勝手でしょ、あなたに止める権利はないわ。」

「確かに権利はねえよ。……ただ、恐怖に怯えて体を震わせながら、行きたくない場所に向かおうとしてる俺の相棒を無視できるほど、俺は愚かじゃない。身体は気づいてるんだろ、この婚約はお前がしたくないことだって。」


アーシェの気持ちを、クロウが確実に言い当てる。


アーシェはレイヴァーを守るために、自分を犠牲にしようとしている、そんな仲間を見過ごしたくないから立ちはだかるクロウ。



2人の話し合いは、さらに熱を帯びる。


「なんで、なんであなたはそうやっていつも私の判断を鈍らせるの!私は決めたの、ハーデンと婚約してこれからを生きるって!それが、私の選択なの!」

「その選択をアーシェ自身が胸を張って言えることなら、俺は何も言わない。けどよ、そんな自信があることなら、なんでその身体は震えてるんだ!なんで、顔に笑顔が浮かんでないんだ!分かりやすいんだよ、お前の嘘は。」

「あなただって分かるでしょ!ハーデンがハデスと手を組んで、魔王の配下を送り込んでくるようなら、いくらレイヴァーでも勝てない!ゴーレムも、オーガもまだまだいるのかもしれない、あなた達には、生きてほしいのーー。」

「俺から言わせれば、アーシェにも生きてほしいんだよ、俺たちと同じ世界で。俺たちが勝てない?だったら、勝てる戦い方を作り出せばいい、今まで何度も死にかけた、今回もその延長線だろ。」


クロウの冷静且つ正確な1つ1つの言葉が、アーシェを惑わせる。


自分の選択は正しい。


その気持ちに、迷いが生まれてきた。




だが、彼女の仲間を守りたいという気持ちは誰にも想像できないほど大きなものだった。


「私は、みんなと、あなたと出会って変わった。私の世界が広がったの、感情、考え、文化、いろんなことに触れられた。そんな大切な仲間を、危険な目に合わせたくない。だから、お願い。そこを退いて。」

「やっぱり、そうなるよな。アーシェが頑固なのは承知の上で俺もここにいる。」

「なら、早く退きなさい!これが、私の選択なの!」

「いやだね!」


ズザッ!

クロウは両手を広げ、通せんぼする。


「なんで、なんで分かってくれないの!あなたは、私の相棒でしょ!」

「相棒だから、行かせたくねえんだよ!辛い未来が待ってるって分かってる場所に、送り込みたいなんて思うわけないだろ!」

「なら、力ずくでも通るわ!」


バッ!

アーシェの手のひらに炎の魔力が込められる。


脅しではない、当たったら消し炭になる威力のものだ。


「さあ、早く退きなさい!こんなところで、死にたくないでしょ!」

「……そうだな、分かった。」

「話が通じて、良かったわーー。」


アーシェが1歩進もうとした瞬間、クロウの口から予想外の言葉が。



「殺せよ。」




その一言が、空間を支配する。


アーシェの顔は引きつり、クロウの言葉で足が止まる。


アーシェの選択は。

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