第230話 感情

「ふ、服従?私、そんなこと頼んでないわよ。」

「頼まれたから服従するんじゃない、これは俺の意思だ。アーシェには何度も助けられてる、正直何度か死んでてもおかしくない。この恩は、どれだけ時間を費やしても返せるものじゃない。」

「だとしたら、私だって同じよ。ギルに捕まった時、私は生きることを諦めていた。けど、あなたの言葉で生きてみたいと思えた、だから今までと同じ関係でいいんじゃないの?」

「俺は、その先に進みたいと考えてる。」

「へっ!?」


アーシェは驚きのあまり、目が真ん丸になる。


「そ、その先って、どういう意味なの。」

「俺の家では、服従の誓いっていう自分が仕えたいと心から感じた奴に対して、全てを捧げる儀式あったんだ。俺の父さんは、王に仕えてはいたが服従の誓いは母さんにしていたらしい。」

「そ、そうなのね。でも、魔族と人族オールドタイプの誓いは問題ないの?」

「知らん。」

「知らないって、あなたねーー。」


アーシェの言葉を遮るように、クロウは顔を近づける。


「種族は違くても、この世界に生きる人なのは同じだ。周りから何か言われようが、どう見られようが関係ない。俺が決めたことだ、

「それはそうかもしれないけど、そのせいで世界を揺るがす事態にもなりかねないのよ。私は元魔王の娘、あなたはアテナイで追放されてるオールドタイプ、この2人が一緒になったらーー。」

「それでもだ。世界が変わるのが怖くて、今までの旅は続けてこられてないだろう。変わっていく世界に順応する覚悟はできてる、それが俺が導き出した先に進む答えだ。


パンクした頭で、クロウから多くのことを伝えられたアーシェは戸惑っていた。


「その、えっと、なんて返事するのが正解なのかしら。」

「簡単だよ、嫌か嫌じゃないかの2択だ。アーシェの気持ちをしえてくれ。」



赤い花が舞い、2人だけの空間を彩る。


数秒の沈黙だったが、特にアーシェには数時間ほどに感じられた。



そして、導き出された答えは、


「……ゃない。」


蚊の鳴くような声が溢れる。


「ん?聞こえないぞ?」

「……じゃない。」


少し声は大きくなったが、まだクロウの耳には届かない。


「どうした?いつもみたいにはっきり言ってくれーー。」

「嫌じゃないって言ってるの!!」


怒ってるように聞こえる音量だったが、顔は少し微笑んでいた。


「お、おう、そうか、良かった。それじゃあ、改めて。」


スッ。

アーシェの前でクロウは片膝をつき、


「クロウガルト・シン・アレスは、アーシェ・ヴァン・アフロディテに服従の誓いを立てる。如何なる時も、剣となり、盾となり主人に害なすものを退け、共に生きることを誓う。」

「あ、ありがとう、ございます。」


アーシェは戸惑いつつも、クロウの言葉を受け入れる。


そしてなぜか、敬語になっていた。




「まあ、これは俺の家の流儀だから、そこまで気にしないでいいぜ。別に、をしたわけじゃないんだから。」

「……え?」


再び、アーシェの顔は驚きに包まれる。


「ん?そりゃあ、これは俺の家の流儀だから、まあ絶対に破らない約束みたいなもんだ。婚姻ともなれば、そりゃあもっと相談しなきゃいけないと思うけどよーー。」

「ば、ば……。」



プルプルッ。

アーシェは拳を握り、体をぶるぶる振るわせる。


「ば?」


クイッ。

クロウが首を傾げた瞬間。


「紛らわしいのよこのバカ!!」

「え!?なんで!?」

「ああ、もう何であなたはそうやって、バカよ、本当にバカ!天性のバカ!」

「ま、待ってくれ、なんでそんなにディスられてるんだ!?」


スタッ。

アーシェはベンチを立ち上がり、早歩きで宿に戻り始める。


「自分で考えなさい!この大バカ!」



サササササッ。

クロウの前からアーシェは遠ざかっていく。


通りすぎる瞬間ですら、アーシェはクロウの顔を見なかった。




いや、見れなかった。



クロウも追いかけようにも、体が言うことを聞かないので見送ることしができなかった。


「俺は、何を間違えた?」


クロウは少し考えたが答えは出せず、涼しい風が吹く帰り道を歩いていった。



クロウの発言を聞いたアーシェは、足早に町を歩く。


(生きてるとは信じてたし、責任も取れと言ったわ。それに顔を見れてホッとした。けど、突然のことでお帰りも言えなかったじゃない、あのバカ!)


そのまま宿に戻る。



そしてアーシェは、



バフンッ。

自分の部屋のベットに顔面からダイブしていた。



その顔は真っ赤に染まり、少し目が潤んでいる気もする。



「はぁ、クロウもバカだけど私も早とちりした。なんで、勝手に決め付けてたんだろう。」


アーシェの頭には、クロウが考えていることとは違う意味が成立してしまっていた。


彼の発言は、婚姻の儀なんだと。



「結局は、今まで通り相棒としていてくれるってことよね、それだけ分かれば良かったのに、なんでこんなに心臓の鼓動が早くなるの。なんで全身が熱いの。この感情は何?」


分からない感情に、アーシェは戸惑っていた。



「ああ、もう、結局クロウのせいよね。……でも、あの瞬間、嫌ではなかった、それは今でも変わらない。私は、本当にクロウに対して


そんな自分の疑問に問いかけると、さらに顔が熱くなった。


もはやリンゴと遜色ない赤さ。


「ああ、もう!あのバカのこと考えると頭がおかしくなる!もう寝よう、考え事はまた今度!」


ズザッ!

布団に潜るアーシェ。


そして静かに一言。


「お帰りなさい、バカクロウ。」





次の日、ミラがレイヴァーを集めて自分の知る情報を共有し始めた。

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