76.安住の地を得て幸せで満たす

 信頼できる側近、心を預けられるバリーの存在、そして命を繋ぎ止める養子シュトリ。絶妙なバランスで構成された世界は、ガブリエルが望むものを与えた。


 竜族の卵がいくつか孵化し、それらが弟妹となって歩き回る。火を噴いて森を燃やした子を叱り、水を操り損ねて滝を凍らせた幼竜の後始末をして。慌ただしく日常は過ぎた。もちろん、何度か巨人族の長老バリーの元へ足を運び、優しい時間を過ごす。


 魔王の役割は種族間の騒動を裁くこと。公平に、誰かに一方的な損を押し付けないよう。簡単ではないが、ガブリエルは淡々とそれらを行った。彼の中に大きな指針がある。先代魔王ナベルスならどうするか――想像するだけでよかった。


 魔族は何世代か遡ると、まったく違う種族に行き当たる。混血が進み、どの種族が一番強く出たかで分類してきた。竜族同士の卵なのに、生まれた子が別種族なのも珍しくない。先祖返りが普通の魔族と暮らすうち、純粋な人族は消えた。


 百年もしない間に、人族は魔族の一部になった。寿命が短くなったり、魔力が少なかったりする弊害があっても、手先の器用さや人化した外見を求めて混血は進む。


 人族の集落であった村などは、同族同士の結婚が多い。若者は魔族の強さや寿命などに惹かれ、積極的に交流を求めた。


「こんなに混じるとはなぁ」


 捕まえた猪の皮を剥ぎながら、バラムは驚きを口に出す。彼にしたら、敵だった人族がここまで魔族に同化するなど信じられなかった。ブレンダのような人族は稀だと思っていたのだ。


「基本、好奇心が旺盛で怖いもの知らず。あと先考えないのが人族だ」


 自分の種族をボロクソに語るブレンダは、渡された皮に開いた穴に眉を顰めた。下手くそ、と呟く。


「あ、穴があったか。悪い……じゃなくてさ」


「辛辣に聞こえるだろうが、これがあたしだ」


 皮に薄く残った肉を剥がし、近くで遊ぶ狼の子に与えた。バラムの甥に当たる子狼は、嬉しそうに鼻を鳴らして肉を齧る。食べ終わった子狼を手招きするのはブレンダの息子だった。


「はやく、あそぼ」


 無邪気に狼と戯れ合う息子は、背に鳥の翼が生えていた。二本の腕は人族と同じで器用に作業をこなすが、翼はほぼ飾りだった。ブレンダの夫によれば、飛ぶことは無理だという。子狼と戯れあう息子に、遠くへ行かないよう声をかけた。


「あたしは人族で後悔したことはないよ。寿命が短いのも承知してる」


 少し無言になった二人だが、すぐに子ども達の声で騒ぎに巻き込まれた。蜂の巣を興味半分で突いたらしい。怒って攻撃する蜂から逃げる子狼を、ブレンダは振りかぶって投げた。焦茶の毛玉が近くの湖に落ちる。


 血を洗い流すため、開けた湖畔にいたことが幸いした。ブレンダの息子は自力で湖に飛び込む。白い翼が幸いし、あまり刺されなかったようだ。子どもらの無事を確認し、二人はにやりと笑った。


 そのままブレンダとバラムも飛び込む。数箇所刺されたが、笑い話で済む程度だった。子ども達は刺された痛みと一緒に、叱られて森の危険を一つ覚える。生きる知識を学んだ子ども達は、やがて子孫にそれを伝えるのだ。受け継がれる知識や血が、新しい世界の基礎となる。


 騒ぎに気づいたのか、ブレンダの夫が空から駆けつけた。老いていく妻を変わらずに愛し、最後まで看取る。結婚の条件である約束を守る真面目な彼は、蜂に刺された我が子と妻に目を丸くした。


「痛そうだな」


「痛いよ」


 くすくす笑いながら、ブレンダは夫に猪の皮を持たせる。あと少し歩けば、家が見えてくるはず。大きくはないが安心して暮らせる、幸せを詰め込んだ我が家が……。

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