75.あたたかく大きな手
卵を孵す際に、会いたいと言われていた巨人族の長老と面会する。彼女はシュトリを手のひらに乗せた。ピンクで小さくて、トカゲに似た幼子は「きゅっ!」と挨拶の声を上げる。
「なんとまあ、可愛らしいこと。待った甲斐があったわ」
待たせた自覚はある。卵が割れた時点ですぐに会いにくればよかったのだが、人族との決着やその後の始末で遅れてしまった。彼女は老齢で、自力で移動するのは困難だ。巨人族なので、他種族が手を貸して助けることも難しかった。
よく転ぶらしく、この頃は巨人族の領地から出てこない。申し訳ないと口にしたガブリエルに、首を横に振った。
「構いませんよ、それより……ほら」
手招く仕草に、ガブリエルは首を傾げる。近くに寄れという意味か。そう判断して近づくも、さらに手招きは続いた。
「ばぁばの願いを叶えてやってくれないか」
一族の長であるバルバドスが、魔王ガブリエルを促した。何を望んでいるか知っている様子だ。バルバドスの祖母に当たる長老の手が届く距離まで、じりじりと近づいた。押して後ろに転がしてしまわぬよう、細心の注意を払う。
ようやく手の届く距離に来た黒竜に、にこにこと笑う老婆は手を伸ばした。触れたのは頭だ。ギリギリの位置で触れた頭を、ゆっくりと撫でた。驚いて固まるガブリエルに、長老は子守唄を聞かせる。やや掠れた声が、不思議と心に沁みた。
「あんた様が生まれた時、あたしも駆けつけたんだよ。こうして頭を撫でて、ソフィが今の歌を聴かせて……幸せそうに眠ってたっけ」
思わぬ話に目の奥が熱くなる。前足を折って、ぺたりと腹這いになった。顎を老婆の膝に乗せ、目を閉じる。覚えていないのに、懐かしいと感じた。
「もっと幼くていいんだよ、あんた様は子どもなんだからね」
急いで大人になるしかなかった魔王を、赤子のように扱える人。失われた両親の代わりに、ガブリエルを甘やかす人だ。巨人族はそっと席を外した。まだ左手にシュトリを乗せ、老婆はまた歌を口遊む。
皺がれた響きが心地よかった。やがてシュトリがガブリエルの上に下ろされ、長老はぽんと黒竜の頭に手を置いた。大きくあたたかな手が、包むように触れる。
「泣いて、喚いて、騒いで、暴れて……子どもはそうやって大きくなるもんさ。あんた様も、そうしなさい」
「ありがとう……ガブリエルと、呼んでくれないか」
「もちろんだ。ガブリエル、可愛い孫が増えて嬉しいよ」
巨人族の長老バリーは、柔らかな笑顔でガブリエルを撫で続けた。可愛いと何度も告げ、ひたすらに甘やかす。夕暮れが近づく頃、ようやくガブリエルは身を起こした。重かったのではないかと気遣えば、大笑いされた。
「なんてことないさ。老いたって、あたしは巨人族なんだよ?」
軽く言い切り、自分の足を叩いて起き上がる。痺れていないし問題ないと行動で示した後、ゆっくり座り直した。
「またおいで。まさか、老体に迎えに来いなんて言わないだろうね」
「あ、ああ。また来る」
「すぐだよ。来年じゃなくて、今年だ」
これは本音だ。そう示すために期限を切るバリーに、ガブリエルは頷いた。次は何か土産を持ってこよう。彼女が喜ぶもの、好きなものはバルバドスが知っているはずだ。
明るい気持ちで、眠ったシュトリを背に乗せる。名残惜しい気持ちを示すように、何度も上空で旋回してからガブリエルは帰路についた。
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