74.残酷な真実を突きつける

 魔族にとって、生き残った人族は貴重な人材だ。基本的に魔族は何かを生み出すより、存在するものを利用する性質が強い。手先が器用で根気があり、細かな手仕事が得意。そんな人族は人気があった。


 小さな集落も森人や夢魔、セイレーンと交流を始めた。人型の種族は受け入れられやすい。将来的には獣人や竜族なども、人族と交流する予定だ。魔王の方針に逆らう魔族はいなかった。襲いかかって来なければ、魔族から襲うことはない。これはかつての魔王ナベルスの方針を引き継ぎ、発展させた形だ。


 最初は疑っていた人族の集落も、今ではほとんどが交易や物々交換で付き合いがある。同じ人族同士の間で、魔族に関する情報が広まったことも要因の一つだった。


 ブレンダを探す男の噂は、二年でぴたりと絶えた。変化が著しく、また忙しかった集落の者はもう覚えていないだろう。元勇者であるゼルクは、ある洞窟にいた。動くことが出来ない状態で生存している。


 水竜達にシュトリを預け、ガブリエルは久しぶりに洞窟へ足を踏み入れた。ここは母ソフィの実家、火竜の里の一角だ。圧倒的強者であり長寿でも知られた竜族が、一族から出た罪人を繋ぐための牢がある。


 火竜が二人近づいてきた。


「陛下、確認ですか?」


「ああ」


 大柄な方は、火竜の長ブファスだ。鮮やかな赤い鱗が、きらきらと光を弾いた。牢の罪人を拘束するのは水竜の役目、外部からの侵入者と中からの逃走を阻むのが火竜の役割だ。管理人というべき竜は、ガブリエルに深く頭を下げて敬意を示した。


「シュトリちゃんは一緒じゃないのね」


 火竜のブネはシュトリが卵から孵る際に、かなり助けてもらった。ブファスの母である彼女は、残念そうだ。次に遊びに来るときは同行すると約束した。


「様子はどうだ?」


「何も変わりませんが……寿命以上に生きる可能性があります」


 ブファスは氷の檻に閉じ込めた罪人の説明を始めた。封じられた罪人は、外部の情報を吸収可能だ。だが動くことはできず、その魔力はすべて生命力に変換される。魔族なら食事を摂らない分だけ寿命を食い潰す。しかし、今回の罪人は違った。


 人族だ。そのため変換される魔力が足りない。片方は魔法使いなので、魔力が尽きれば数十年で命尽きるだろう。だが、勇者は別だった。魔力の代わりになる力があるようで、普通に生きるより閉じ込めた方が長く生きるらしい。


「……構わん」


 そのまま長生きさせろ。にやりと笑う黒竜ガブリエルは、すたすたと進んだ先で氷の柱を見上げた。人族ならば数時間で干からびるほどの暑さの中、罪人の命が尽きるまで溶けない氷が聳え立つ。


 竜族であっても、力尽くで破壊できない強度があった。もし無理に外から破壊すれば、その時点で罪人の命が尽きる。この氷を維持する力は、罪人の生命力だからだ。かつて、同族を殺した愚か者を懲らしめるため編み出された、究極の処刑方法だった。


 氷は美しく光を弾く。二本の柱に魔法使いエイベル、勇者ゼルクと愛用の剣が眠っていた。膝を抱えて蹲る形なのは、本人の心の現れだ。氷の中で徐々に形を変え、この姿勢に落ち着いた。


 過去に持ち帰ったエイベルと、後から回収したゼルク。二人とも魔族の仇だ。簡単に殺す気はない。命が尽きるまで、己の罪を後悔させたかった。


「ブレンダが二人目を産んだ。もうお前のことなど覚えていないぞ」


 勇者の心を蝕むためだけに、真実を伝える。残酷な報復をひとつ終え、ガブリエルは背を向けた。熱く燃える復讐心と、凍えるような怒りを示す黒竜の世界で、勇者は新しい絶望を抱える。これがガブリエルの与える罰だった。

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