73.幸せは増えていくばかり

 あの日から十年が経過した。シュトリは相変わらず小さいまま、どうやらかなり長寿な種族らしい。まだ能力がはっきりしないため、種族としての名も確定しなかった。魔王の養い子、そう呼ばれている。


「もう隠居したかったんだが」


 ぼやくガブリエルは、予想した未来と違う現在に溜め息を吐く。さっさと誰かに魔王位を譲り、自分はのんびり過ごすつもりでいた。ところが、誰も次の魔王に名乗りを挙げなかったのだ。


「仕方ないっすよ、ガブリエル陛下より強い魔王様がいないんだから」


 はっはっはと大声で笑うバラムの後頭部を、デカラビアが叩いた。


「阿呆、お前が騒ぐから魚が逃げた」


 魔王と側近達はずらりと並び、水竜が住まう滝の近くで釣りをしていた。尻尾の先に草を結えたガブリエルは、気まぐれにその尻尾を揺らす。ちなみに草を結んだのは、シュトリだった。勝手に解くと泣くので、そのまま釣りに興じていたところ、側近が集まってきたのだ。


「そうそう、ブレンダが二人目を産みましたぜ」


「魔人族も増えてきたな」


 バラムの報告に、デカラビアが目を見開く。ブレンダは翼手族の青年を五回振り、最後に根負けして受け入れた。この時点で年齢的に子は無理と本人が口にしたものの……まさかの二人目出産である。祝い事なので、釣った魚を運ぶことに決まった。


 となれば、デカラビアも参加しないわけにいかない。大物を釣ると気合を入れ、近くの枝を手折って糸と餌を付けた。首を傾げたバラムが「針がない」と指摘するまで、デカラビアは川の魚に餌を与え続けた。


 その撒き餌に釣られたのか、集まった魚をガブリエルが捕まえた。適当に振っていた尻尾の草に噛み付いたのだ。ちょうど振った尻尾の動きで、近くの地面まで飛んだ魚を、バラムが俊敏に押さえる。


 大きな魚を土産に、皆で出産のお祝いに駆けつけた。後日、改めて祝いの席は設ける予定だ。夫になった青年に髪を撫でられ、目を閉じたブレンダの口元は緩んでいた。彼女も幸せを手に入れた。


「きゅっ! きゅきゅ!」


 興奮した様子で、赤子を覗き込むシュトリが冷たい手でぺたりと触れる。驚いたのか、赤子が泣き出し……シュトリは口を尖らせて悲しそうな顔をした。そんな養い子を引き寄せ、大きな舌で舐める。


「いきなり触れてはならん。親の許可を得てからだ。それと……体が冷たいぞ」


 順番立てて説明され、シュトリは小さく頷いた。温めようとして、顔の前で両方の手を合わせる。拝むような所作に、周囲の魔族から笑みが溢れた。少し前まで魔族の末っ子だったシュトリも、今では弟妹に当たる子が大勢いる。


 人族同士の子、獣人の子、竜の卵はまだ数に数えないが、森人にも子が生まれた。過去の出産率の低さが嘘のように、魔族は数を増やし始めたのだ。育児の手が足りず、あたふたする。だが子が生まれずに泣くより、よほど幸せな忙しさだった。

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