69.苦しみ抜くのが俺への罰だ

 魔王を倒し、世界に平和をもたらす。それが使命だと思った。神託により勇者ゼルクが選ばれた時、なぜ自分ではないのかと女神を恨んだ。あいつが失敗したら、成り代わるつもりで同行する。


 戦士として勇者に随行して戦い、勝利を得た。結局、ゼルクは死ななかった。驚くべき残虐さで、見つけた魔族を殺す。いや、狩り出した。我が子を守ろうと必死な母竜の腹を裂き、目の前で卵を割った。まだ成長途中の幼体は殻から引きずり出され、魔法使いに焼かれた。


 母竜の悲鳴が今も耳に残っている。あいつらはおかしい。恋人を守ろうと立ち向かう獣人の手足を切り落とし、目の前で辱めた。ぞっとする状況に、俺や女神官は目を背ける。人として壊れていないと、勇者になれないのか? あんな状況で、魔法使いの性欲が機能することも悍ましい。


 常に距離を置き、気持ち悪さに耐える侵攻だった。あれが正義だと言うなら、その者の舌を引き抜いてやりたい。王を守る青い竜の戦いは見事だった。だが勇者らの卑怯な作戦で、崩れ落ちる。魔王はただ静かに死を受け入れた。直前に大きな魔力が膨らんだが、仲間を逃しただけ。


 あの魔力を叩きつけたなら、勇者ごと我らを殺すことも可能だったはず。だが、人質にされた幼い魔族の子が死んだだろう。その犠牲すら許さず、魔王は己の命を散らした。国や民を守る立場なら失格、だが道義的に彼を立派だと讃える自分がいた。


 帰って爵位をもらい、後ろめたさに堪えながら領地を治めた。あれきり、一度も勇者と顔を合わせていない。魔法使いは何度か金の無心にきたが、追い返した。女神官は聖女として崇められていると聞くが、顔を見る機会はない。


 地方の小さな領地だ。食っていくのに不自由はないし、男爵の地位も貰った。立身出世と捉えるか、働き相応の対価と考えるか。俺は生き残った罰のように感じる。生きて苦しみ、最後まで魔族の悲鳴に囚われて死ね。そう命じられた気がした。


 噴火や地震などの天変地異が続き、王都のある都市部は壊滅する。都は生産性がない。食糧、衣服、住居の材料に至るまで、すべてを周囲の衛星都市から賄っていた。そのバランスが崩れたのだ。


 灰に覆われた都は死の臭いが漂う。近づかぬよう民に言い聞かせ、傍観を決め込んだ。魔族の影が何度も都の上を飛ぶのを見た。関わりたくない。魔族は人族以上に繋がりを大事にする。それを知ったのは、魔王を討伐した後だった。


 この小さな集落を与えられ、都落ちかと肩を落とした。そんな俺を受け入れた民は、穏やかに平和な暮らしを満喫している。まるで勇者襲撃前の魔族のように。


 森人と呼ばれる種族が、時折物資の交換に訪れる。細長い耳をもち、顔立ちの整った彼や彼女らは、珍しい薬草や木の実、果物などを持ち込んだ。すべて森の恵みだ。人には発見できない貴重な薬草の対価に、牛の乳や小麦を受け取る。


 もっと貰う価値があると話せば、これでいいと返された。肩に負う量以上は、身の丈に合わぬ報酬だと首を横に振る。欲がなく穢れない印象を受けた。


 都から逃げてきた出稼ぎの民が、ひどい惨状を教えてくれる。二度と都に近づくなと、警告が聞こえた気がした。神の神託はない、それこそが答えなのだろう。


 人族は傲慢になり、愚かにも禁忌を破った。罰が下るなら、それもまた神のご意志だ。俺は生きて苦しむ道を与えられた。ならば貫き、死して解放されるまで……この痛みを抱え続けるのが、傍観者だった俺への罰なのだ。あの時、勇者達を殺さなかったことを悔やまない日はない。

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