68.何も間違っていなかった

 自慢の王城は陥落寸前だった。権威を示す高い塔は、ドラゴンの尾が一撃で粉砕した。王宮もブレスで焼かれ、残っているのは逃げ込んだ貴族だけ。役に立たない。国王は必死で地下へ逃げ込んだ。


 頭を抱えて、部屋の一角で蹲った。なぜだ? 魔王は勇者が倒したはずだ。噂の通り、倒してはいなかったのか。悪評を広め、彼の立場を崩した。かつての仲間であった魔法使いを堕落させ、聖女となった神官は地に落ちる。戦士達は素直に従うので、爵位を与えて飼い殺す。


 何も間違っていなかった。王として君臨し、貴族を統括しながら金を増やした。国民という哀れな烏合の衆を、家畜のように増やして消費する。過去の王族と比べても、上手にこなしてきたはずだった。


 ぐしゃ……外で何かが潰れる音に、悲鳴を上げて震える。誰かなんとかしろ、叫んでも従う者はいなかった。この地下の宝物庫は、他の部屋より頑丈に出来ている。ここなら生き残れる。そう信じて閉じこもった。


 崩壊の音が小さくなった気がして、震えながら天井を見上げる。そこには巨大な目があった。ぎろりと睨んだ目に悲鳴をあげれば、鋭い爪に摘まれる。少し眺めた後、興味を失ったようだ。国王は投げ出された。


 悲鳴を上げても、誰も助けない。放物線を描いた国王の体は、かつて王宮だった瓦礫に落下した。羽も翼も持たず、飛ぶための魔力や魔法もない。人族の特徴ない男の体が、ぺしゃりと赤いシミを作った。


 近くを逃げる太った貴族が、叫ぶ民に殴られる。パニックを起こした国民は、王侯貴族をターゲットに暴力を振るった。威光など感じない。金や地位を失い、暴力の手段をなくした貴族は怖くなかった。魔族に襲われて、全員死ぬのだ。どうせなら、奴らに報復してやろう。


 豪華な服を破り、立派な宝石を奪い、整えられた体を殴った。蹴り飛ばし、澄ましたご令嬢を襲う。そこに理性や人の思いやりなど存在しなかった。かつて貴族が平民に対して振るった蛮行が、そのまま返ってくる。


 貴族の屋敷は警備する者がおらず、侵入した平民によって火を放たれる。重ねて、魔物による襲撃が各地で繰り広げられた。美しく豊かな都と称された地は、もうどこにもない。


 魔物だけでなく、魔族も人族を襲撃する。蹂躙される大都市は、赤く染まって鉄錆びた臭いを漂わせた。年齢、性別、職業や生まれの貴賎を問わず、死体となって転がる。


 かつて、勇者率いる軍が魔族を蹂躙したように。街の光景は、悍ましく残酷だった。それでも、人族が魔族に行ったほどの非道さはない。子を守ろうとした母が一緒に食い殺されることがあっても、妊婦の腹を割かれたり我が子を細切れにされた程の……残虐さはなかった。


 滅びる人族の悲鳴は都を満たし、やがて掻き消える。赤く染まった大地は禊を始め、空は悲しみを雨にして降らせた。この地が新たな森になるまで、数十年の長き眠りが訪れる。旋回する黒竜は、すべてを見届けた。

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