70.勇者としての義務は果たした
王都陥落、周辺都市も壊滅した。偶然立ち寄った集落で噂を耳にする。集落から出稼ぎに出ていた者や、脱出に成功した者が持ち込んだ話らしい。
咄嗟に剣へ手が伸びて、ぐっと拳を握った。もう勇者ではない。戦う必要はないんだ。俺は一度魔王を倒した。その時点で神託に示された魔王退治を終わらせている。もう神託に縛られる義務はなかった。
勇者になったことで、一時的に脚光を浴びたし金ももらった。だがその後の扱いでマイナスに転じる。逃げ回る生活になるなんて、想像もしなかった。苦労して魔族の脅威を削いだのに、こんな仕打ちをされるなど。
二度目の神託を期待した。国王が行った僕への仕打ちを、咎めてくれるのではないか。一年もすれば期待は潰える。同時に信仰も消えた。かつての仲間は散り散りで、同じ戦いは無理だ。今の僕が一人で立ち向かって、何ができる?
仕方ないじゃないか。僕はもう勇者ではなくて、仲間もいなくて。だから王都を助けることは無理だ。僕を攻撃した王都の民や貴族のために、命を懸ける気はない。戦い終わったら、また都合よく僕を切り捨てるくせに。
ゼルクは理由を並べる。すべて戦わないための理由だった。痛い思いをして、怖い気持ちを抑えて戦った。そのすべてを否定され、どうして戦える? 親の仇は討った。自分に直接危害が加えられている状況ならともかく、誰かのために苦しむ趣味はない。
それよりブレンダを探さなくては。彼女を見つけて謝り、傷つけた詫びを受け取ってもらう。僕は今忙しいんだ。
人々の噂から逃げるように集落を離れた。数日間、森に籠る。肉やハーブは森で手に入るし、パンがなくても半月は我慢できた。ギリギリまで森にいて、手元の僅かな金でパンを買う。
勇者の報酬は使い果たした。今、手元にあるのは傭兵として戦った給金だ。これもいずれは尽きるだろう。早くブレンダと合流して傭兵団に戻らなくては……。
ゼルクに自覚はなかった。ブレンダを探し求める理由が、利己的な生活費の補充に代わっていることを。彼は自分に甘く、他人に厳しい。まるで神託を下ろした女神のように。
「最低だな」
バラムはそう吐き捨てる。助けず、だが死なせるな。魔王ガブリエルが下した命令は、獣人族を含めすべての魔族に広まった。翼手族の青年は、ふわりと舞い降りて人化する。
「ブレンダと同じ種族なのが嘘みたいだ」
「全然別の種族なんだろうさ。魔族が多種多様であるように、人族にも枝がある」
獣人や吸血種がまとめて「魔族」と呼称されるように、人族も卑怯な者や狡猾な者、残虐な者、優しい者に分類できる。肩を竦めて辛辣な言葉を吐いたバラムに、青年はなるほどと頷いた。
落ちぶれる勇者を、定期的に報告する。この任務はこれからも続くのだ。いつか、残虐で卑怯なあの男が朽ちるまで。
「ところで、ブレンダの好みを知らないか?」
「なんだ、惚れたのか」
「……人族だったけど、迎えてもいいって……両親を説得したんだ」
翼手族の青年が照れた顔を、両手の羽で覆う。その初心な反応を、バラムは笑わなかった。代わりに小声で叱り飛ばす。
「バカ! 先に彼女に告白してからだろ!」
「……っ、行ってくる!」
たぶん玉砕だろうな。まあそれも経験か。先代魔王の側近だったバラムは、若者の未来が幸福であるよう祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます