61.始末するべきか

 勇者であることを隠しながら旅をする。傭兵団を離れて理解した。彼らは街で爪弾きにされることもあるが、必要な一面もある。自分達の仲間を当たり前に守ることで、逆に守られていた。


 今のゼルクに同行者はいない。どの街でも、顔を隠す不審者と見做された。交易都市セルザムの領主一行を襲った不幸は、勇者の暴走として手配された。地方都市アナキンの崩壊は魔族だが、それも勇者が手引きしたのでは? と疑う声がある。


 襲撃の少し前に、アナキンに勇者が立ち寄ったらしい。生き残りが広めたのか、噂の尾鰭か。どちらにしろ、ゼルクにとって悪い方へ働いた。


 魔族の襲撃は現在止んでいる。王都や周辺の大都市が噴火の影響を受け、大量の灰に覆われた。各都市の連絡機能は麻痺している。各都市を行き交う商人が減ったのだ。彼らが仕事のついでに運んだ手紙や書簡も、ほとんどが停滞した。


 身の安全を優先し、ゼルクは地方の小さな村を回る。魔族が管理する森に近いほど、灰の影響は少なかった。これが何を意味するか、勇者は「噴火は魔族の作戦だ」と受け止める。間違ってはいないが、魔王が動かずとも数年のうちに噴火は起きただろう。


 人族は数百年単位での自然災害に備える意識が薄い。口伝えが途中で絶えてしまうのだ。聞き回ってもブレンダに関する情報は集まらなかった。大きな都市に向かったのか? お尋ね者である以上、門番がいる都市には入れない。ゼルクは森の中で座り込んだ。


 彼女を探して、誤解だと告げる。ブレンダの思い出を汚す気はなかった。そう謝れば終わるのに、その行き先が掴めない。このまま一生隠れて暮らすんだろうか。あんなに大変な思いをして戦って、仇を討ったのに。国王のせいで罪人扱いだ。


 もう頭を下げられても、大金や褒美を提示されても、王のために戦う気はなかった。代替わりし高潔な王が現れても、戦うのは無理だ。魔法使いエイベルがいない。神官で聖女のアイシラも同じだ。爵位をもらった戦士や他の仲間は元気だろうか。


 大木の根元に背を預け、ぼんやりと考え事を続ける。半分眠ったような不思議な感覚だった。神託で勇者に選ばれたのに、神の声を一度も聞いたことがない。新しい神託もなく、このまま人族は滅びろと神が見放したのか?


 取り留めない考えはぐるりと回って、ブレンダに戻った。大柄で傷だらけ、顔も美人ではない。だが、ゼルクを否定しなかった。受け入れて話を聞いてくれたし、大切な思い出を共有しようとした。ブレンダ以外にそんな人はいない。


 ごろりと横になる。草の根元が見えるが、他には何もなかった。誰かに見つかる心配もない場所で、ゼルクは目を閉じる。少し眠ろう。





「……始末するべきか」


 少し先の木陰で、女戦士は迷う。まだ向かってきたわけではないが、確実に魔族の敵だ。今なら殺せる。ブレンダの手が愛用の大剣の柄に伸びた。ぐっと握り、力を込める。


 獲物はまだ、こちらに気づいていなかった。

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